強酸アミジグサに生活する葉上性カイアシ類

 カイアシ類は海洋プランクトンの中で1番多い生物量(バイオマス)を誇り、多様性に富んだ微小動物で13,000種におよぶとされている(カイアシ類については2014年10月2日の記事を参照されたい)。そのうち30%程度が寄生種といわれ、魚類や無脊椎動物、植物に寄生する(参照;2016年1月20日の記事)。また、食用になるワカメやノリに寄生することで害虫として扱われることもある(参照;2016年8月6日の記事)。日本において、寄生種は80種、うち30種が海に生息しているとされている(伊藤. 1973)。なかにはカイアシ類とは思えないような形態を獲得した種も存在している(参照;2015年12月5日の記事)。今回は藻類に寄生するカイアシ類(写真1)について述べていくが、藻類の中には寄生虫に対する防御を備えており、この防御に動じずに寄生するカイアシ類について注目していただきたい。

 

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写真1.海藻に寄生するカイアシ類;福岡市食品衛生検査所より許可を得て転載

 

免疫をおぎなう藻類

 藻類とくに褐藻類というグループは寄生虫または捕食者に対する戦略を持っていることが分かっている。褐藻類にはテルペン類(Kurata et al. 1996)やフロロタンニン類(谷口ら. 1991)が含まれ、摂食阻害の役割があるとされている。また、保持しているジテルペンは付着阻害の役割があるという(Schmitt et al. 1995)。そのほか抗菌作用をもつ、ポリフェノール類やテルペノイド類をもっている(Toida et al. 2003)。

 そして、これらの免疫物質の他に注目されているのは「フコイダン」という物質である。フコイダンは、人体において免疫系をつかさどる、またはヒルの血の凝固を阻害するヘパリンと類似した構造を持ち、ヘパリンと同じく、抗血液凝固作用(Mauray et al. 1998)やウィルス増殖阻害(Gerber et al. 1958)、原虫の排除(Berteau et al. 2003)といった効果がある。ナマコやウニ卵のゼリー質(Vasseur. 1948)からも単離されており、ナマコは防御に、ウニ卵のゼリー質は精子の選択(Vacquier et al. 1997)の働きがあるという。

 褐藻類にはさまざまな免疫物質を持つが、褐藻類自体には、傷がついた時に細菌などに感染を防ぐため、乾燥時に乾燥しないための役割があるとされている(西沢ら. 1999)。

 

褐藻類アミジグサに住む葉上性カイアシ類

 上記のように褐藻類には万全たる防衛システムを備えているが、アミジグサの場合、細胞内にpH1以下という強酸をもっており(下埜ら. 2005)、周囲の藻類を一掃する能力も持っている。しかし、この脅威な防御をもつアミジグサに動じないカイアシ類もいる。このカイアシ類はハルパクチクス(ソコミジンコ)目のうち、Thalestridae科、Dactylopusioides属に属する種である。この種の生態についてはShimonoら(2007)がおこなった飼育実験で報告している。成体とコペポディット幼体(ノープリウス幼生を経た後のステージ)は葉上でカプセルを形成して、その内部に住むが、小さいサイズであるノープリウス幼生は葉中に住むという違いがある。カプセルは種によって2つ通りの役割があり、1つは波や捕食者から守るため、もう1つはバクテリアや有機物粒子の捕獲に使う。また、後者は住んでいる葉を食べないという。葉中に住むノープリウス幼生は葉をトンネル状に食べ進みながらコペポディット幼体になった時に葉上へ出て、カプセルを形成する。多くの生物にとって毒性のあるアミジグサに住むことは、餌となる葉が他の生物との競争を回避する、または捕食者圧を低下するという利点があると述べられている(下埜ら. 2005)。しかし、なぜ、強酸なアミジグサに耐えられるかは分かっていない。 

 

 

 

参考

Berteau, O., B. Mulloy. 2003. Sulfated fucans, fresh perspectives: structures, function, and biological properties of sulfated fucans and overview of enzymes active toward this class of polysaccharide. Glycobiology 13 (6): 29R-40R.

Gerber, P., JD. Dutcher, EV. Adams, JH. Sherman. 1998. Prrotective effect of seaweed extracts for chicken embryos infected with influenza B or mumps. Proc. Soc. Exp. Biol. Med 99: 590-593.

伊藤立則. 1973. ベントス研究における生活史の意義-ハルパクチクスについて. 海洋科学 5: 34-40.

Kurata, K., K. Taniguchi, M Suzuki. 1996. Cyclozonarone a sesquiterpene-substituted benzoquinone derivative from the brown alga Dictyopterisundulata. Phytochemistry 41: 749-752.

Mauray, S., E. Raucourt, JC. Talbot, PJ. Dachary, M. Jozefowiez, AM. Fischer. 1998. Mechanism of factor IXa inhibition by antithrombin in the presence of unfractionated and low molecular weight heparins and fucoidan. Biochim. Biophys. Acta 1387: 184-194.

西沢 一俊, 村杉幸子. 1988. 海藻の本. 研成社. p215.

Schmitt, TM., ME. Hay, N. Lindquist. 1995. Constraints on chemically mediated coevolution: multiple functions for seaweed secoondary metabolites. Ecology 76: 107-123.

下埜敬紀, 川井浩史. 2005. 19章褐藻アミジグサに寄生するソコミジンコ類. 長澤和也編. カイアシ類学入門. 東海大学出版会. 259-271.

Shimono, T., N. Iwasaki, H. Kawai. 2007. A new species of Dactylopusioides (Copepoda: Harpacticoida: Thalestridae) infecting brown alge, and its life history. Zootaxa 1582: 59-68.

谷口和也, 蔵多一哉, 鈴木稔. 1991. 褐藻ツルアラメのポリフェノール化合物によるエゾアワビに対する摂食阻害作用. 日本水産学会誌 57: 2065-2071.

Toida, T., A. Chaidedgumjorn, RJ. Linhardt. 2003. Structure and bioactivity of sulfated polysaccharides. Trends in Glycoscience and Glycotechnology 15 (18): 29-46.

Vasseur, E. 1913. Zur biochemie der meersalgen. Z. Phusiol. Chem 83: 171-197.

Vacquier, VD., GW. Moy. 1997. The fucose sulfate polymer of egg jelly binds to sperm REJ and is the inducer of the sea urchin sperm acrosome reaction. Dev. Biol 192: 125-135.

 

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カイアシ類によるワカメ養殖への被害

 カイアシ類とは主に海洋プランクトンで、微小甲殻類である。種数は13,000種と多く、そのうち30%程度が寄生性と言われている。ただし、カイアシ類の分類は遅れており、進めば現在の5倍の種数になることが推定されている(伊藤. 1973)。寄生性カイアシ類は魚類や無脊椎動物などに寄生するとされ、なかには海藻類に寄生するものも知られている。海藻類に寄生、または、寄生というよりは住み家として利用している場合もあるが(向井. 1996)、これらは「葉上性」と呼ばれている。寄生した際、海藻類の表面には虫こぶが見られることもある(伊藤. 1973)。海藻類のうち、ワカメに寄生する種もいて(写真1)、ワカメの養殖業に多大な被害を与えている。ワカメの養殖業は岩手県で盛んであるが、1987年にカイアシ類による寄生被害が報告され、1992年には岩手県全域で大規模な寄生被害が発生した。韓国でも同じようなことが同時に起きた(長澤. 2004)。このカイアシ類に寄生されるとワカメには「あなあき症」と呼ばれる症状が現れ、食品価値が失われてしまう。寄生カイアシ類に対して、淡水と高濃度の塩水への二重浸漬処理が有効とされ(田代ら. 1989)、実際に現地で試みられ抑えられることが確認されているが(石川. 1993)、寄生の動態の経路が分かっておらず難航している(西洞ら. 2003)。

 カイアシ類について誤解を生んでしまうから訂正していきたいが、カイアシ類の多くはプランクトンで、寄生種は種数が多くとも個体数はごく少数、ましては魚類や海藻類など水産物の寄生はとても数が少ない。多くは海洋生態系において、とても重要な価値があることを念頭においてもらいたい(2014年10月2日の記事を参照)。

 今回は、ワカメに寄生するカイアシ類のワカメの利用戦略について述べていきたい。

 

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写真1.ワカメに寄生するカイアシ類;福岡市食品衛生検査所より許可を得て転載

 

 

ワカメの消長に対する寄生性カイアシ類の動態

 ワカメは年中あるというわけではなく、水温が上がる夏になると消長が見られる。このとき、ワカメに寄生するカイアシ類はどのように生き延びているのかは疑問であった。しかし、西洞ら(2003)による、ワカメに寄生するカイアシ類、Amenophia orientalis(タレストリス)の生態観察によって明らかになっている。普通の生物は温度が低下すると活動を休止するという特性があるが、A.orientalisは10℃の場合は1ヶ月の飢餓まで耐えることができるが、20℃になると活動を休止し、3ヶ月まで耐えられることが確認されている。この20℃だが、ワカメの消長がおきる水温と一致しており、ワカメが失くなったとしても次のワカメの増殖までA.orientalisは生き延びることが可能であることが分かっている。同様な結果は岩崎(2000)が現地でも確認されており、8月の15℃~20℃の間で活動の休止が見られたという。

 ワカメではないが、タンバノリに寄生するPorcellidae(スイツキミジンコ)というカイアシ類はタンバノリ葉面積が減少すると生殖活動をやめることが知られ、これによって餌となるタンバノリ葉の食糧不足を回避していると示唆されている。また、多くの海藻類に寄生するカイアシ類に当てはまるが、夜になると水柱へ泳ぎだすことが確認され、これで他に海藻へ移り、繁栄または食糧さがしをおこなっていると考えられる。

 

海藻とカイアシ類の共生

 海藻類にとって必ずしもカイアシ類が害虫というわけではない。ノリは珪藻類の付着によって光合成が妨げられ、ノリの色落ちの原因となる。Paracalanus parvusというカイアシ類は珪藻類が好物で、ノリに付着した珪藻類を食べ、結果、ノリの色落ちが防げられるという(上田ら. 2006)。これを裏付けるようにP.parvusの個体数が減少すると色落ちが増加することが確認されている。Amphiascus属に属するカイアシ類も同様に海藻に付着した珪藻類を食べることが確認されており、この種は海藻を掃除することから「ソウジミジンコ」と名付けられている。実際に養殖場にソウジミジンコを散布して珪藻類を除去する試みもあった(三根ら. 2005)。

 

 

 

参考

上田拓史, 内出倫子. 2006. 有明海の動物プランクトン、とくにカイアシ類の長期変動. 海洋と生物 28 (6): 611-617.

石川豊, 西洞孝広, 伊藤澄恵. 1993. ワカメ優良種苗の開発に関する研究. 岩手県南部栽培漁業センター事業報告書 H4年度: 35-40.

伊藤立則. 1973. ベントス研究における生活史の意義-ハルパクチクスについて. 海洋科学 5: 34-40.

岩崎望. 2000. 養殖ワカメに被害を与えるカイアシ類、アメノフィア・オリエンタリスの生態. H12年度持続的養殖業推進対策事業ワカメ養殖業全国推進検討会報告書: 16-21

三根祟幸, 川村嘉応, 上田拓史. 2005. ソウジソコミジンコ(新称)Amphiascus sp.(カイアシ亜綱、ソコミジンコ目)によるノリ糸状体培養カキ殻の付着珪藻除去効果. 日本水産学会 71(6): 923-927.

向井宏. 1996. 藻場(海中植物群集)の生物群集(8)葉上動物の個体群動態. 海洋と生物 18 (2): 44-46.

長澤和也. 2004. フィールドの寄生虫学. 東海大学出版会.

西洞孝広, 山口正希. 2003. ワカメに寄生するカイアシ類の1種Amenophia orientalis(通称タレストリス)の生態の解明. 岩手水技セ研報 3: 17-24.

田代義和, 高橋寛. 1989. 養殖ワカメのコペポーダ寄生病Ⅲ駆除方法の検討. 気仙沼水試研報 8: 36-40.

 

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「アミダコ」イカ・タコ類でみられない生活、サルパに住むタコ

 アミダコ(Ocythoe tuberculata)とは軟体動物、頭足類でいわゆるタコである。外套膜は卵円形で肉厚。背面は平滑だが、腹面は凹凸を成し、漏斗は長大。腕長式(各腕を比較して不等号式等を用いた大きさの比を表す式)は1>4>2=3と、第1腕は外套膜長の58%、第3腕は37%となっている(久宗高 1987)。大きさは雌で外套膜長35cm、雄で3cm以下(Cardoso, F. 1998)と著しい性的二型を示す。また雄は嚢皮に包まれているという特徴がある(久宗高 1987)。三陸以南、温暖帯太平洋、大西洋、インド洋と(久宗高 1987)世界汎的で多くは熱帯域に分布する(Salman, A. 2012)。特に北半球に多く 、沿岸から外洋まで広く生息し表層性である(Ángela, M. 2008)。
 アミダコには多くの補食者が存在し代表的なものでメカジキ(Packard, A. 1994)やキハダマグロ、イルカ(Ángela, M. 2008)、サメ、マグロ、アザラシ(Salman, A. 2012)がある。これらの胃袋はアミダコで重鎮することもあってか、季節的消長も知られている(Ángela, M. 2008)。
 興味深いことに日本、新潟県沿岸において2004年〜2005年にかけてアミダコが34体と大量に漂着している(本間義治 2005)。軟体動物がこれ程に漂着することは前例がないという珍しい事例である。サルパの漂着がなくなったと同時にアミダコが漂着している。サルパとはホヤと同じ仲間でクラゲのような外観だが、そのサルパ減少による餌不足よってアミダコは漂着したかと考えられる(サルパとは;2016年6月15日の記事)。しかし、アミダコは仔魚を専食しておりカタクチイワシを好んでいる。そのためカタクチイワシ漁ではよくアミダコが水揚げされる。したがってサルパとはあまり関係はなさそうであり、アミダコの漂着については原因は分かっていない。本間は原因追求のため協力を呼びかけている(本間義治 2005)。
 アミダコには他のタコ類にはない特徴が多い。産卵数は10万〜20万と多く(Salman, A. 2012)、孵化から幼体の保育を体内でおこない、ある程度育ってから体外へ放出する(Naef, A. 1923)(一般のタコは岩場等に卵を産みつけて保護する)。また、頭足類で唯一浮袋を有し、空気の呼気、水面へ浮上して空気の吸気で浮力調節をおこなう (Packard, A. 1994) 。これらは雌の特徴だが、雄はサルパの中に入って住むという特徴もある(Okutani, T. 1986)。これらについては後に紹介する。

 

浮袋を有し漏斗ジェットで推進する
 浮袋や漏斗の形態や機能についてはPackardら(1994)がよく研究している。前述した通り、浮袋は頭足類の中で唯一アミダコのみが持つ器官である。この器官は発生的に貝殻の原基が由来になっているとされている。驚くことに、漏斗を3つ持つことである。1つは頭足類がもつ漏斗という器官だが、この両側、アミダコ側面にある漏斗は出水孔という新しいエレメントより形成されており、アミダコ特有の器官となる。これらの器官は雌にあり、雄にはない。
 Packardら(1994)はアミダコを採取し、3日間の室内飼育で詳細な観察をされている。腕は常に後方へ回しており、胴を抱くような姿になっている(図1)。外観的には卵形となっている。浮力調節は浮袋内への空気の出し入れでおこなっており、空気の補給には水面へ上がっておこなう。餌に対する反応は、前方にある餌生物に対して側部の触手を投げ飛ばして捕獲するという。漏斗は正中漏斗(頭足類がもつ漏斗器官)と左右漏斗(アミダコ特有の出水孔)で使い分けている。正中漏斗は水をジェット噴射し、強い推進力で泳ぐ。左右漏斗は瞬間的な出水で方向転換をおこなっている。また、180°回転ができるという。

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図1.普段のアミダコの姿(Rackard, A. 1994)

 

サルパ内に住む
 サルパ内に住んでいるアミダコはOkutani(1986)が発見し、報告をしている。雄は大型サルパのTethys vaginaの腔内に住んでいるところを確認し(図2)、他には雌の未成熟も住んでいると考えられる。しかし、雌にいたっては詳細な観察はされておらず、形態的に雌の未成熟と考えられているだけである。サルパ内に住んでいるアミダコに天敵が近づくとサルパ内から脱走し、隠れ場へ逃げ込むという。つまり、サルパに寄生することで知られている端脚類のように寄生しているわけではないと考えられている。しかし、何をしているのかは分かっておらず、単に外鞘を利用しているだけなのかと思われるが、生態に関しては全く分かっていない。

 

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図2.サルパ内に住むアミダコ(Okutani, T. 1986)

 

 

 

参考
Ángela, M. et al. (2008) JMBA2: 1-3.
Cardoso, F. et al. (1998) Revista Peruana de Biologia 5: 1-7.
本間義治. et al. (2005) ちりぼたん 36 (2): 53-56.
久宗高. (1987) 日本陸棚周辺の頭足類. 日本水産資源保護協会.
Naef, A. (1923) Monograph 35. 1 (2): 150-863.
Okutani, T. (1986) VENUS 45 (1): 67-69.
Packard, A. et al. (1994) Phil. Trans. R. Soc. Lond. B. 344: 261-275.
Salman, A. et al. (2012) Turkish J. Fish. Aqua. Sci. 12: 339-344.

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