高尾山から海洋プランクトンを発見 土壌生活へ進化したカイアシ類

 カイアシ類とは簡単に言うと、海洋プランクトンとして生活しているものが多く、甲殻類に属し、海洋生態系の要になっている微小動物である(2014年10月2日の記事を参照)。カイアシ類についての文献を読み進めていると興味深いものがあった。

 

土壌動物学―分類・生態・環境との関係を中心に (1973年)

土壌動物学―分類・生態・環境との関係を中心に (1973年)

  • 作者: 青木淳
  • 出版社/メーカー: 北隆館
  • 発売日: 1973
 

これによると土壌にもカイアシ類が見つかるという。さらに下記の雑誌論文、

 

皇居の土壌中からも発見例がある。

 

土壌中に生息する陸生カイアシ類については以前の記事で紹介しているので興味がある方はぜひ参照していただきたい。


 

 そしてこの目で陸生カイアシ類を見たいと思い、2016年8月15日に東京都八王子市に位置する高尾山へ向かった。

 採集したのは土壌または落葉堆積物で、その直上に被さる落葉ごと500mL程度。採集地点はその場でGPSで測位した。その位置は以下のとおり。

A地点 : 35°37′50″519 N  139°15′13″680 E

B地点 : 35°37′44″327 N  139°15′53″928 E

C地点 : 35°37′40″619 N  139°14′47″615 E

D地点 : 35°37′38″279 N  139°15′03″240 E

E地点 : 35°15′44″280 N  139°15′07″919 E

F地点 : 35°37′38″128 N  139°15′36″032 E

G地点 :  35°37′31″800 N  139°14′32″640 E

H地点 :  35°37′40″800 N  139°15′42″839 E

I地点   :  35°37′43″931 N  139°14′50″243 E

 いづれの地点も尾根筋から5m程下ったところとなる。

 採集した土壌から生き物を見つけ出す方法だが、一般にはツルグレン装置またはベールマン装置が用いられる。両者ともに同じような装置になるが目的は違う。前者は乾燥を避けるために水がある方へ生き物が移動する習性を用いたもの、後者は光を嫌うものが暗い方へ生き物が移動する習性を用いたものである。しかし、陸生カイアシ類は両者ともに適正な方法ではなく上手く陸生カイアシ類を見つけ出すことは難しい。そこで、以下の方法で陸生カイアシ類を取り出す。

 小麦粉を篩いにかけるものとして良く汎用されている1~2mm目のステンレス製ふるいに土壌を入れ、10L程度の水で洗った。直下にはバケツを置き、水が漏れ出さないようにした。バケツに溜まった水を57μmメッシュのナイロン製プランクトンネットに流した。こうして陸生カイアシ類を取り出すわけである。もとの500mL容器に入れ、水400mLで希釈した。

 そして検鏡。今回の密度では5分程度で陸生カイアシ類を発見できた。ただし、今回で採集したすべての地点で発見したわけではなく、A地点~H地点、計8地点のうち、A、B、C、I地点の4地点だった。個体数は10~50ind/10平方cm。

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 また興味深いことに陸生のカイミジンコも発見できている(下写真)。陸生カイミジンコについては外国の文献は見つかるが、日本の文献は私のところでは皆無という珍しいものである。

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 他には分類群が不明の生物も発見している(下写真)。マメザトウムシの卵かという意見もあるが、もしご存知であれば連絡いただきたい。連絡先はページ下に表示してある。(大きさ0.3mm)

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 陸生カイミジンコだが、実は飼育が順調に進んでおり、多くの個体を産出している。シャーレ中に土や落葉を入れるといういたって簡単な飼育となっている。交尾の個体の撮影も成功している(下写真)。文献上、たぶん私が初めて飼育に成功している。交尾個体は雌尾に雄が触覚で捕まえており、カイアシ類ソコミジンコ目に属する者の典型的な交尾行動である。ソコミジンコに属することから、陸生カイアシ類はとくに陸生ソコミジンコとも呼ばれる。

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陸上に棲むカイアシ類 陸生ソコミジンコ

 カイアシ類は甲殻類のひとつでカイアシ亜綱(Copepoda)に属するものを言う。種数は13,000種におよび、多様性が富んだ生物である(カイアシ類については2014年10月2日の記事を参照)。カイアシ類は普通、海洋プランクトンで知られているが、川や湖、池、温泉など幅広く繁栄しているのもカイアシ類の特徴とも言える。そのなかで、水がない、または湿った、土壌や落葉中に生息するカイアシ類というものも存在している。今回はこのような陸上に棲むカイアシ類のこと陸生カイアシ類について述べていきたい。

 

陸生カイアシ類の種類

 陸上に生息するカイアシ類では決まった種類が報告されている。ソコミジンコ(Harpacticoida目)の一部とケンミジンコ(Cyclopoida目)の一部である。両者の目(order)とも海洋とくに沿岸部、汽水河川で見られるもので、これら目(order)自体は陸上へ派生したではないが、比較的、海よりかは汽水域や淡水域で知られている。日本において陸生カイアシ類は数えられる程度の種しか報告されていない。陸生ソコミジンコでは7種が報告されている(青木. 1999)。この7種の名称と分布を下記に紹介する。

  • コノハミジンコ Phyllogunathopus viguieri   …北海道、東京
  • チビソコミジンコ Epactophanes richardi     全国
  • コブソコミジンコ Moraria terrula          北海道西~東北北部
  • アルキソコミジンコ Moraria varica         全国
  • ツクバソコミジンコ Moraria tsukubaensis      筑波、徳島
  • コケソコミジンコ Bryocamptus zschokkei      全国
  • チギレソコミジンコ Maraenobiotus vejdovskyi    北海道、青森、茨城

 これらの種は、落葉堆積物中やコケ中、雪下、土壌中に生息すると述べられている。とくにブナ林の落葉中における報告が多い(Reid. 2001)。葉1gで40個体になることもあるという(Nielsen. 1966)。中にはウツボカズラの捕虫袋内(Hamilton et al. 2000)や苔内(Lewis. 1984)からの報告もある。

 

生息している環境

 落葉堆積物中やコケ中、雪下、土壌中に生息するといっても大体は共通した環境に生息していると言える。土壌中よりかは落葉に生息する(菊池. 1974)、氷河で発見されたカイアシ類は、氷河上に覆われた土壌に生息(菊池. 1991)、雪下にある落葉中(菊池. 1992)、雪中の土壌近く(大高. 2012)、水分をもつ土壌上(Nielsen. 1966)のように、いずれも土壌よりかは土壌に近い所の雪中または落葉中で、水分を保った部分に生息すると考えられる。これらカイアシ類は小型で細長い(大高. 2012)また、卵数が少なく、卵は大きい(Coull. 1970)という間隙動物がもつ特徴があり、上記の生息箇所は間隙環境に近いこともあり好んで、その場所を選んだのかもしれない。特に雪中は雪粒子と散在する水によって海や湖などの砂中間隙と似た環境が作られ、そこにはカイアシ類を含めた多様な間隙動物が観察される(大高. 2012)。また、土壌に近い間隙環境に棲むことは、土壌中からの栄養が供給できる部分なのかもしれない。

 進化的に言うと、陸生カイアシ類は海洋や湖沼において底生性であるソコミジンコ目が多く見られる。もともと湖沼のようなところに住んでいたものが干上がるなどとして水がなくなり、これが陸生へ派生したと筆者は考える。海洋や湖沼における底生性のソコミジンコは時々、水柱へおよぎ出すことも知られ(向井. 1996)、落葉中や雪中に見られる個体は、これに由来すると思える。

 雪中に棲むカイアシ類は土壌から遠ざかるほど生存率が低下する事がわかっており、その個体は付属肢欠損などの大きな損傷を受けることが観察されている。これは雪融解等で、水位上昇で分散したが、その後の水位低下によって雪粒子に潰されたことが示唆されている(大高. 2012)。

 皇居(東京都心)で、落葉に被された土壌中からカイアシ類が発見された例がある(菊池. 2001)。発見されたのは3種で、P.viguieri(コノハミジンコ)E.richardi(チビソコミジンコ)M.varica(アルキソコミジンコ)である。これらは人の手が加えられていない里山に生息する種で、皇居の土壌は里山に近い環境であることが結論付けられている。ちなみに、この3種に当てはまることだが、土壌中にいるカイアシ類は未開拓の土壌の方が多くいることが分かっている(Fiers et al. 2000)。

 

 

 

参考

青木淳一. 1999. 日本産土壌動物. 東海大学出版会. pp561-568.

Coull, BC. 1970. Shallow water meiobenthos bermuda platfrom. Occologia 4: 325-357.

Fiers, F., V Ghenne. 2000. Cryptozoic copepods from Belgium: diversity and biogeographic implications. Belg. J. Zool. 130: 11-19.

Hamilton, R., JW Reid., RM Duffield. 2000. Rare copepod, Paracyclops canadensis (Willey), common in leaves of Sarracenia purpurea L. Northeast. Nat. 7: 17-24.

菊池義昭. 1974. 陸生ソコミジンコについて. 動物学雑誌 83 (4): 438.

菊池義昭. 1991. ヒマラヤの氷河上にいるソコミジンコ. 動物分類学会誌 45: 72.

菊池義昭. 2001. 皇居の陸生ソコミジンコ類. 国立科博専報 35: 99-101.

Lewis, MH. 1966. Thefreshwater Harpacticoida of New Zealamd: a zoogeographical disccussion. Crustaceana. Suppl. 7, Stud. Copepoda 2: 195-211.

向井宏. 1996. 藻場(海中植物群集)の生物群集(8)葉上動物の個体群動態. 海洋と生物 18 (1): 44-46.

Nielsen, LB. 1966. Studies on the biology of Harpacticoida (Copepoda, Crustacea) in Danish beech leaf litter. Natura Jutl. 12: 195-211.

大高明史. 2012. 融雪期の雪中における無脊椎動物の生息状況. 低温科学 70: 113-117.

Reid, JW. 2001. A human challenge: discoveriing and underatanding continental copepod habitats. Hydrobiologia 453/454: 201-226.

 

日本産土壌動物―分類のための図解検索

日本産土壌動物―分類のための図解検索

  • 作者: 青木淳
  • 出版社/メーカー: 東海大学出版会
  • 発売日: 1999/03
  • メディア: 単行本
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強酸アミジグサに生活する葉上性カイアシ類

 カイアシ類は海洋プランクトンの中で1番多い生物量(バイオマス)を誇り、多様性に富んだ微小動物で13,000種におよぶとされている(カイアシ類については2014年10月2日の記事を参照されたい)。そのうち30%程度が寄生種といわれ、魚類や無脊椎動物、植物に寄生する(参照;2016年1月20日の記事)。また、食用になるワカメやノリに寄生することで害虫として扱われることもある(参照;2016年8月6日の記事)。日本において、寄生種は80種、うち30種が海に生息しているとされている(伊藤. 1973)。なかにはカイアシ類とは思えないような形態を獲得した種も存在している(参照;2015年12月5日の記事)。今回は藻類に寄生するカイアシ類(写真1)について述べていくが、藻類の中には寄生虫に対する防御を備えており、この防御に動じずに寄生するカイアシ類について注目していただきたい。

 

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写真1.海藻に寄生するカイアシ類;福岡市食品衛生検査所より許可を得て転載

 

免疫をおぎなう藻類

 藻類とくに褐藻類というグループは寄生虫または捕食者に対する戦略を持っていることが分かっている。褐藻類にはテルペン類(Kurata et al. 1996)やフロロタンニン類(谷口ら. 1991)が含まれ、摂食阻害の役割があるとされている。また、保持しているジテルペンは付着阻害の役割があるという(Schmitt et al. 1995)。そのほか抗菌作用をもつ、ポリフェノール類やテルペノイド類をもっている(Toida et al. 2003)。

 そして、これらの免疫物質の他に注目されているのは「フコイダン」という物質である。フコイダンは、人体において免疫系をつかさどる、またはヒルの血の凝固を阻害するヘパリンと類似した構造を持ち、ヘパリンと同じく、抗血液凝固作用(Mauray et al. 1998)やウィルス増殖阻害(Gerber et al. 1958)、原虫の排除(Berteau et al. 2003)といった効果がある。ナマコやウニ卵のゼリー質(Vasseur. 1948)からも単離されており、ナマコは防御に、ウニ卵のゼリー質は精子の選択(Vacquier et al. 1997)の働きがあるという。

 褐藻類にはさまざまな免疫物質を持つが、褐藻類自体には、傷がついた時に細菌などに感染を防ぐため、乾燥時に乾燥しないための役割があるとされている(西沢ら. 1999)。

 

褐藻類アミジグサに住む葉上性カイアシ類

 上記のように褐藻類には万全たる防衛システムを備えているが、アミジグサの場合、細胞内にpH1以下という強酸をもっており(下埜ら. 2005)、周囲の藻類を一掃する能力も持っている。しかし、この脅威な防御をもつアミジグサに動じないカイアシ類もいる。このカイアシ類はハルパクチクス(ソコミジンコ)目のうち、Thalestridae科、Dactylopusioides属に属する種である。この種の生態についてはShimonoら(2007)がおこなった飼育実験で報告している。成体とコペポディット幼体(ノープリウス幼生を経た後のステージ)は葉上でカプセルを形成して、その内部に住むが、小さいサイズであるノープリウス幼生は葉中に住むという違いがある。カプセルは種によって2つ通りの役割があり、1つは波や捕食者から守るため、もう1つはバクテリアや有機物粒子の捕獲に使う。また、後者は住んでいる葉を食べないという。葉中に住むノープリウス幼生は葉をトンネル状に食べ進みながらコペポディット幼体になった時に葉上へ出て、カプセルを形成する。多くの生物にとって毒性のあるアミジグサに住むことは、餌となる葉が他の生物との競争を回避する、または捕食者圧を低下するという利点があると述べられている(下埜ら. 2005)。しかし、なぜ、強酸なアミジグサに耐えられるかは分かっていない。 

 

 

 

参考

Berteau, O., B. Mulloy. 2003. Sulfated fucans, fresh perspectives: structures, function, and biological properties of sulfated fucans and overview of enzymes active toward this class of polysaccharide. Glycobiology 13 (6): 29R-40R.

Gerber, P., JD. Dutcher, EV. Adams, JH. Sherman. 1998. Prrotective effect of seaweed extracts for chicken embryos infected with influenza B or mumps. Proc. Soc. Exp. Biol. Med 99: 590-593.

伊藤立則. 1973. ベントス研究における生活史の意義-ハルパクチクスについて. 海洋科学 5: 34-40.

Kurata, K., K. Taniguchi, M Suzuki. 1996. Cyclozonarone a sesquiterpene-substituted benzoquinone derivative from the brown alga Dictyopterisundulata. Phytochemistry 41: 749-752.

Mauray, S., E. Raucourt, JC. Talbot, PJ. Dachary, M. Jozefowiez, AM. Fischer. 1998. Mechanism of factor IXa inhibition by antithrombin in the presence of unfractionated and low molecular weight heparins and fucoidan. Biochim. Biophys. Acta 1387: 184-194.

西沢 一俊, 村杉幸子. 1988. 海藻の本. 研成社. p215.

Schmitt, TM., ME. Hay, N. Lindquist. 1995. Constraints on chemically mediated coevolution: multiple functions for seaweed secoondary metabolites. Ecology 76: 107-123.

下埜敬紀, 川井浩史. 2005. 19章褐藻アミジグサに寄生するソコミジンコ類. 長澤和也編. カイアシ類学入門. 東海大学出版会. 259-271.

Shimono, T., N. Iwasaki, H. Kawai. 2007. A new species of Dactylopusioides (Copepoda: Harpacticoida: Thalestridae) infecting brown alge, and its life history. Zootaxa 1582: 59-68.

谷口和也, 蔵多一哉, 鈴木稔. 1991. 褐藻ツルアラメのポリフェノール化合物によるエゾアワビに対する摂食阻害作用. 日本水産学会誌 57: 2065-2071.

Toida, T., A. Chaidedgumjorn, RJ. Linhardt. 2003. Structure and bioactivity of sulfated polysaccharides. Trends in Glycoscience and Glycotechnology 15 (18): 29-46.

Vasseur, E. 1913. Zur biochemie der meersalgen. Z. Phusiol. Chem 83: 171-197.

Vacquier, VD., GW. Moy. 1997. The fucose sulfate polymer of egg jelly binds to sperm REJ and is the inducer of the sea urchin sperm acrosome reaction. Dev. Biol 192: 125-135.

 

海藻の本―食の源をさぐる (のぎへんのほん)

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  • 発売日: 1988/04
  • メディア: 単行本
 

 

カイアシ類学入門―水中の小さな巨人たちの世界

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  • 作者: 長沢和也
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  • 発売日: 2005/08
  • メディア: 単行本
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