独自の形態をもつ寄生性カイアシ類(ホタテエラカザリ)

 コペポーダ(カイアシ類)とは海洋において最も個体数が多いプランクトンである。また、海洋環境を支えているとも言われている。しかしながら、その知名度は極端に低い。光澤安衣子氏(2011)のアンケート調査によると、小学生から大人まで421人中、「カイアシ」という名を聞いたことがあると答えた人は4.5%であった。理系大学の学生が加わっていたことから高い値になったと考えており、その学生を除けば2.4%となる。これほどの低い知名度であることから、大塚攻氏は『カイアシ類学入門 水中の小さな巨人たちの世界(2005, 長澤和也編ほか)』で「カイアシ類は地球の生物の中でもっとも重要な生き物といっても過言でない(中略)(教科書には描かれているものも何の解説もなく、)へたすりゃ、一生カイアシ類のことを知らないままではないか!」と嘆いている。

 しかし、漁師にはコペポーダの存在がよく知られている。コペポーダの種数のうち、30%程度が寄生種である(一般に寄生種がいるように思えるが、個体数でいると微少である)。寄生性コペポーダは海洋生物全種(軟体動物、刺胞動物、魚類、甲殻類など)のうち1.14%に寄生していると考えられており、このうち食用魚類は50~80%にのぼる。したがって、水揚げされる魚類には頻度多く寄生しているコペポーダを見ることができる。そのため、食用としての価値が低くなり、悩ませる厄介者である。だからといって寄生種は嫌なものだけではなく、海苔に寄生し、カキに付着する珪藻類を食べる種(ソウジソコミジンコ Amphiascus sp.)もおり、わざと食用カキに寄生させるという試みもある。

 

「浮遊性」コペポーダと「寄生性」コペポーダ

 普通、コペポーダと言われると必然的に浮遊性と答え、寄生性にはならない。これは、寄生性コペポーダは全く研究されていないこと、あまり知名度が高くないことがあげられる。実際に寄生性のコペポーダの生態はよく分かっていない種が多い。そのため、「浮遊性」コペポーダを述べるときには、わざわざ「浮遊性」と言わないことが一般にされている。

 

寄生性コペポーダ

 寄生種の特徴として、成長が早く、すぐに生殖可能になることである。具体的には、浮遊種は大体、ノープリウスと呼ばれる時期を6回脱皮してコペポディットと呼ばれる時期になり、成体となる。ところが、寄生種ではノープリウス期を短縮したり、省略して成体になるものが多い。これは、プロジェネシス(Progenesis)という幼形進化であり、宿主に寄生するまでの間は死亡率が高いため、生殖・繁殖を強化した結果である。この幼形進化は寄生性コペポーダに限られたことではなく、寄生生物一般に見られる。

 

形態を大きく変化させた寄生性コペポーダ

 寄生種には大きく分けて2つある。遊泳し、宿主を変えて寄生する「半寄生」と寄生したら一生寄生し続ける「完全寄生」である。前者は、一般的(浮遊種)な形態をしているが、後者は宿主に合わせて大きく形態を変化をしており、場合によっては肉塊になっていることがある(写真1)。また、寄生した部位に完全に定着して身動きもしないことが特徴である。

 

ホタテエラカザリ

 ホタテエラカザリ(Pectenophilus ornatus)はホタテ貝の鰓に寄生するコペポーダである。そして驚くのはその形態である(写真1)。

 

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(写真1;「D-PAF 水産食品の寄生虫検索データベース」より許可を得て転載)

 

もはや、肉塊である。コペポーダという形態からかけ離れている。1970年代発見当初、コペポーダだとは考えられず、フクロムシの一種だと勘違いされていた。しかし、現在も、コペポーダのどの目、どの科、どの属になるかは詳細な議論はされていない。というのも、このホタテエラカザリは日本、さらには東北にしか生息しておらず、国際的な議論がされないというのもあるかもしれない。

 外観は、体長8mm、付属肢は全て欠き、1個の産卵孔があるのみである。どう、ここまで進化をしたか分からないほどである。内部には雄が納まる部屋があり、侵入後、固着する。したがって、受精も体内でおこなわれる。しかし、どう進入するかは分かっていない。ここで驚かされるのは、ノープリウスになるまでの卵を体内にある育房で保持していることである。これは、コペポーダのなかでも、この種だけである。大抵は、海中へばら撒くか、卵嚢で体外にくっつけているかである。さらに、体上部に開く産卵孔からノープリウスが放出されるというのも面白い。この産卵様式の利点は、ホタテ貝は移動などで貝殻を激しく開閉する。このときに脱離しないためだと考えられている。

 

 コペポーダは海洋生態系において重要だとよく知られている。そのなかで、寄生種に関しては生態もよく分かっていない。海洋生態系を考える上で、このグループは重要視されており、研究を取り込んでいくべきものである。長澤和也氏もまた、このグループを重要視しており、できる限り援助したいとも言及している。

 

 

参考

光澤安衣子(2011)一般の人はどのくらい生物を知っているのかー生物に関するアンケート調査結果からー 愛媛県総合科学博物館研究報告 (16), 73-80.

伊東 宏(2005) プランクトンとして出現する寄生・共生性カイアシ類ーサフィラ型カイアシ類を中心にー 日本プランクトン学会報 53(1), 53-63.

三根祟幸、川村嘉応、上田拓史(2005)ソウジソコミジンコ(新称)Amphiascus sp.(カイアシ亜綱、ソコミジンコ目)によるノリ糸状体培養カキ殻の付着珪藻除去効果 日本水産学会 71(6), 923-927.

古賀文洋(1973)コペポーダの飼育による生活史の研究特にノープリウスについて 日本プランクトン学会報 20(1), 30-40.

長澤和也(1999)寄生性カイアシ類の異端児、ホタテエラカザリの生物学 海洋と生物 125, 21(6), 471-476.

大塚攻(2006)カイアシ類・水平進化という戦略―海洋生態系を支える微小生物の世界 (NHKブックス), 日本放送出版協会.

長澤 和也 (2005)『カイアシ類学入門 水中の小さな巨人たちの世界』東海大学出版会.

 

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