眠るクマムシ類の生態

 クマムシ(Tardigrada)は体長0.1~0.5mm程度の大きさで、体表面はクラチラ層でおおわれ、5体節に分かれている。4690mの海底から6600mの高山まで広く分布する。陸生種でも水の皮膜をまとう必要があるため、本質的には水生生物である。海棲種もおり、フジツボを住処にしていると考えられている。またナマコ類に共生する種も報告されている。
 ミミズなどの環形動物よりかは進化しているといわれるが、足に体節が無いことから節足動物とも異なる。現在では、カギムシと近縁とされ、緩歩動物門という一つの門に属する。しかし、系統分類上の明確な位置づけはされていない。
クマムシは地衣類や苔などに生息し、安易に見つけることができる。さらには下水処理場にて水質浄化の一役を握っていることもある。強靭な乾燥耐性を持つことから、1773年にGoezeが発見した当初から深く注目がされていた。日本では1907年にRichterが長崎において初めて報告がされた。その後、1961年までに続けていくつか報告がされ、1967年時点で38種まで見出される。
 クマムシは「クマ」のように丸々とした水棲の生物だったことから「Kleinen Wasserbären(水中の子グマ)」と呼ばれ、英語では「Water bear」と呼ばれている。その後、イタリア語で「のろまもの」を意味する「Tardigrada」と名付けられ、現在の「Tardigrada」にいたる。
 飼育方法については多くの知見がある。例えば、クマムシが生息する苔内にいるセンチュウやワムシを餌として飼育する方法や、ワムシを餌とする方法がある。このワムシを餌とする方法では、水中に米粒を入れ、ワムシを数匹投入する。すると、ワムシは増殖していく。ここからワムシを取り出して、クマムシにあげるという方法である(鈴木忠 2004)。この方法は簡単に餌の確保でき、持続してクマムシを飼育することができる。

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1. 分類
 クマムシは外形から分類され、頭部に側毛をもつ異クマムシ綱と、側毛をもたず口が乳頭状になった真クマムシ綱の2つに分けられる。他には、体形は真クマムシ綱に似ているが、異クマムシ綱のように側毛をもつ中クマムシ綱(後に詳細を述べる)をRahm(1937)によって発見されているが不明な部分が多く、現在は、異クマムシ綱と真クマムシ綱の2綱とされている。異クマムシは海産が大部分で、真クマムシは海産1種ほか陸生である。分類には脚の形態や、体表のひだやクチクラの構造、側毛または刺毛の形や長さ、爪の形態などが指標となる。これらいずれの特徴も、活動している状態では判断できないため、Hoyer液(ガムクロラール)で封入した標本で観察する必要がある。また、クラチラの表面構造を見るためには走査型電子顕微鏡が必要になっていく。


2. 形態的特徴
 体形は円筒形で背中は緩やかな曲面になっている。甲殻類のように体節は明瞭ではないが、足の数と神経節の数から5体節になる。真クマムシ綱の中には体表にある、ひだで9体節に見えることがしばしばある。真クマムシ綱は異クマムシ綱と比べて胴長で、体幅対体長比でいうと2倍程度の違いがある。異クマムシ綱のトゲクマムシ科はクチクラ層が肥厚していることが特徴である。多くのクマムシは透明であるが、種類によっては褐色ないし深紅色の色素をもつものもいる。
 消化管は口から食道までの前腸と肛門までの後腸は発生的に外胚葉であるため、体表と同じクチクラ層をもつ。脱皮の際も、その部位までが置き換わる。中腸は膨大しており、内容物によっては、色を呈することもある。餌は口に付属する歯針(Stylet)によって吸引摂食する。また、歯針の側面には発達した唾液腺をもち、真クマムシでは特に発達している。
 食べた餌は中腸で消化されるが、心臓を含む循環系を持たないため、貯蔵細胞に取り込まれると考えられている。不消化物は肛門から捨てられるか、背中に開口する背腺やマルピギー管から排出される。また、脱皮の時に一緒に捨てることもある。多くのクマムシは1対の眼をもち、頭部に脳をもち、神経は中枢系となっている。
 ちなみに、足の筋肉を動かすことで循環系の代用になっていると考えられている。

 

3. 脱皮と産卵
 脱皮の時期になると、クチクラからできた口器を吐き出す行動が見られる。その後、コケの葉の重なり部分など狭いところに入り込む。幼体は4~5日ごとに脱皮して3回の脱皮(3齢)で成体になる。3回目の脱皮以降は、産卵による脱皮である。大抵のクマムシは、雌の単為産卵(交尾せずに産卵)が特徴である。産卵は脱皮と同時に起こり、産卵にともなう腹部の収縮によってできたスペースに卵が押し込められる。クラッチサイズ(1回の産卵における産卵数)は1~15、最大18と幅広い。これは栄養状態に依存していると考えられている。親が脱皮の中から脱出するのは通常翌日で、脱出することができずに死ぬこともある。成体となって産卵する回数は1~5回程度で、最終齢は4~8齢である。寿命でいうと21~58日程度となる。産卵した卵が孵化するには5~15日要し、温度には左右されない。幼体は、しばらく脱皮内で動きまわり、やがて外の世界へ出て行く。

 

4. 乾眠(tun現象)
 クマムシの体重の85%が水分といわれ、乾燥状態になると3%までに減らして休眠する、tun現象がおきる。この状態になると、100℃という高温下や-273℃という超低温下、真空や、ヒト致死量の放射線の1000倍、6000気圧、そして電子レンジにかけても、水に浸して15分で蘇生してしまう。この性質をKeilin(1959)はクリプトビオシス(cryptobiosis、潜在生命/乾眠)と名づけられた。この乾眠になっても完全に代謝がなくなっているわけでなく、普段の0.16%の酸素消費量があると分かっている(A. Pigon & B. Weglarska 1955)。また乾眠にはトレハロースが深く関わっており(J. H. Crowe 1975)、乾眠になるとトレハロースが多く分泌される。そして、乾眠から覚醒されるとトレハロースが減少することも分かってきた。tun状態で放射線を当てられた場合、DNAは傷つくが、その後に可視光線を照射することで、そのDNAは修復される。
 乾眠へ移行する行動について、クマムシ周囲の水を完全に乾燥(クマムシ体表には水分がある)すると、2分後には活動がほぼ無くなる。10分経過すると、収縮が開始し、20分にはtun状態になり、乾眠する。水に浸すと25秒で足が動き始め、40秒で歩き始める。

 

5. 中クマムシ綱オンセンクマムシ
 1937年、スイス人の線虫学者Rahm氏によって日本九州の雲仙温泉にて本種が発見された。温泉から発見されたことからオンセンクマムシと名づけられた。この種には異クマムシ綱と真クマムシ綱の双方の形態をもつことから新綱の中クマムシ綱と制定された。また、形態的特徴に三角の突起をもつという。続いて同年、Rahm氏がドイツにて同じくしてオンセンクマムシが発見された。これは不自然である。今までに報告されていない種が同一人物さらに同年に立て続けで同新種を発見するのはおかしい。また、Rahm氏はいくつかのクマムシを発見しているが、捏造という疑いがかけられたこともある。さらに、正式な論文内で自身を誇大に主張し、他の学者に対して口撃を書き入れた前科もある。こうして信用にならないと、オンセンクマムシについては消息へ迎えた。
 その後の1978年に転機が訪れる。Binda氏によってイタリアの小川からオンセンクマムシが発見されたのだ。しかし、標本はなく、それ以降は確認されていない。早急な再確認が必要となっている。
 オンセンクマムシすなわち中クマムシ綱の存在については疑問が残るが、あらゆる図鑑では中クマムシ綱という項目が記述されている。

 

 

 

文献
宇津木和夫 (2006) いきものの不思議クマムシの生活. 遺伝 60 (2): 9-15.
宇津木和夫 (1985) 陸生のクマムシ. 遺伝 39 (11): 42-51.
J. H. Crowe (1975) The physiology of cryptobiosis in tardigrades. Memorie dell'Istituto Italiano di Idrobiologia Dott Marco de Marchi 32: 37-59.
鈴木忠 (2004) オニクマムシの生活史. うみうし通信 44: 4-6.
野田 泰一 (1997) オンセンクマムシは存在するのか. 日本動物分類学会誌 2: 13-15.
根本哲也, 島本聡, 野方文雄, 松浦弘幸, 野田信雄, 中の正博 (2005) バイオメディカル・ファジィ・システム学会誌 7 (1): 137-142.
堀川大樹 (2013) クマムシ博士の最強生物学講座. 新潮社, 東京.
A. Pigon & B. Weglarska (1955) Rate of metabolism in tardigrades during active life and anabiosis. Nature 176 (4472): 121-122.
森川國康 (1951) 海棲クマムシの採集. 採集と飼育 13 (6): 170-172.

  

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