他にないハエトリグモの特殊な視覚機構-ピンぼけ奥行き知覚-

 ハエトリグモとは巣をつくらない徘徊性のクモで、家の中で時々見つかる。節足動物門、鋏角亜門、クモ綱、クモ目、ハエトリグモ科に分類される。他のクモと違うのは、前方の眼(前中眼)が大きく(図1)、視力が良いということである。その視力もヒトに匹敵する程だという。

 

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図1.ハエトリグモと他のクモの眼の位置(筆者が描写)

 

 ハエトリグモは見るものの姿(シルエット)によって行動が異なることが知られている。そのシルエットが丸や三角、クモの横姿のときは攻撃を仕掛けるが、クモ正面に似せた丸に脚が生えたシルエットには求愛行動を示すという。また、その足の位置と本数によって求愛行動を示す確率が増す(図2)。

 

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図2.シルエットによるハエトリグモの行動(O.Drees 1952)

 

 

ハエトリグモ眼の位置と機能

 クモの眼は左右4対、計8個あるが、ハエトリグモの場合は中側眼が退化的で機能しておらず、実質6個の眼となっている。各眼の視野は重ならないようになっており、前中眼は10°、前側眼は60°、後側眼は130°の視野になっている。前中眼の視野は極端に狭いが、その分、網膜における見えるものの解像度は高く、ヒトの視力に匹敵するという。

 

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 図1.目の位置とその視野 R.F.Foelix (1982) より

 

 

奥行き知覚

  奥行きが分かることで、その見ている対象物の空間的位置が分かる。これによって正確な対象物の距離が分かり、狩りなどをおこなう。この奥行き知覚は大きく分けて4つの様式がある。その様式について1つずつ説明する。

 

ⅰ両眼立体視

 ヒトなどの哺乳類、ハヤブサで見られる。両目で見た対象物の左右目のズレから奥行きを知覚している。片目では奥行きが知覚できないのが特徴。

 

ⅱ焦点合わせ(accommodation)

 カメレオンで見られる。対象物の焦点があったときの眼レンズの筋肉の緊張具合から知覚。片目でも奥行きを知覚することができる。

 

輻輳(ふくそう)

 対象物に向く両目の角度から奥行きを知覚する。両目が一緒に動いていることが条件で、これが別々に動いていたら知覚することはできない。ヒトはこの様式を使っていると考えられている。

 

ⅳ運動視差

 自身が動いて、そのときの対象物のズレから知覚する。片目でも知覚することができる。フクロウやバッタがこの様式をとっている。

 

 これらの様式は同個体で複数の様式をとることがあり、例えばカエルは焦点合わせと両眼立体視により奥行きを知覚している。

 

ハエトリグモの奥行き知覚

 上記のように奥行きの知覚には4つの様式があると述べたが、ハエトリグモの場合は、このいづれかも当てはまらないことが分かっている。それは、ハエトリグモは、レンズは外骨格より固定されており、焦点合わせは不可能であるのにも関わらず、前中眼の片眼のみ見える状態にしても奥行きを知覚できるからである。また、運動視差という行動は見せないし、両眼は別々に動いており、輻輳という様式もとらない(下動画;この種の頭部は透明であり、眼内部が動いていることが分かる)。

 

www.youtube.com

 

 そして、T.Nagata (2012) らはハエトリグモの前中眼の網膜が4層構造であることに注目した(ふつうは1層構造)。これらの層における視物質は異なり、吸光する光の波長は、1層(深部)から緑色、緑色、紫外線、紫外線と分かった。また、ハエトリグモの眼レンズは色収差(プリズム)が生じ、1層から緑色、青色、紫外線、紫外線が焦点を結ぶ。したがって、第2層目では焦点を結ばない緑色を受容していることが判明した。そこで、T.Nagataらはピンぼけ像を得ており、このピンぼけ量から奥行きを置換しているのだと推測し、赤色光下でのハエトリグモの獲物を狩るジャンプ長さを計測した。理論では、赤色は網膜第2層目以降に焦点を合わせ、第2層におけるピンぼけ量は増加する。つまり、獲物は実際よりも近くに感じるという。その結果、獲物よりも近くに着地し、ピンぼけ像によって奥行きを知覚していると確認された。

 

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http://www.eurekalert.org/multimedia/pub/40138.php

 

 その実験の動画は[ http://www.eurekalert.org/multimedia/pub/40138.php ]にて公開されている。ちなみに第4層ではどの対象物もピントを合わせることが可能であり、このピンぼけ奥行き知覚にて働いているのではないかと考えられている。

 

 

 

文献

A.D.Blest, R.C.Hardie, P.McIntyre, D.B.Williams (1981) The spectral sensitivities of identified receptors and the function of retinal tiering in the principal eyes of a jumping spider. J.Comp.Physiol.A. 145: 227-289.

池田博 (1991) ハエトリグモの誇示行動を表す言葉. Atypus 98/99: 57-63.

L.Harkness (1977) Chameleons use accommondation cues to judge distance. Nature 267: 346-349.

M.F.Land (1971) Orientation by jumping spiders in the absence of visual feedback. J.Exp.Biol. 54: 119-139.

M.F.Land (1969) Structure of the retinae of the principal eyes of jumping spiders (Salticidae: Dendryphantinae) in responce to visual optics. J.Exp.Biol. 51: 443-470.

M.F.Land (1969) Movements of the retinae of  jumping spiders (Salticidae: Dendryphantinae) in relation to visual stimuli. J.Exp.Biol. 51: 471-493.

O.Drees (1952) Untersuchungen über die angeborenen Verhaltensweisen bei Spring spinnen (Salticidae). Zeitschrif für Tierpsychologie 9: 169-207.

鈴木光太郎 (1995) 動物は世界をどう見るのか. 新曜社.

T.Nagata, M.Koyanagi, H.Tsukamoto, S.Saeki, K.Isono, Y.Shichida, F.Tokunaga, M.Kinoshita, K.Arikawa, A.Terakita (2012) Depth percepton from image defocus in a jumping spider. Science 335: 469-471.

R.F.Foelix (1982) Biology of Spiders.USA.

 

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