虹色に輝くプランクトン、サフィリナ カイアシ類(Sapphirina Copepoda)

  カイアシ類(Copepoda)とは節足動物門、顎脚綱、カイアシ亜綱に属する甲殻類の動物で、一般に海洋に浮遊する動物プランクトンをいう。バイオマス(生物量)は海洋プランクトンの中で優占し、種数は13,000種と大きなグループとなる。種によっては群集を形成することが知られ、1立法mで数億個体になることがある。

 カイアシ類のひとつ、サフィリナも群集を形成するが、体表を光の作用によって輝きを見せることで、その群集はキラキラとした輝きをだす。漁師からはこれを「貝殻水」や「金玉水」、「銀玉水」と呼ばれ、漁の指標となることがある。サフィリナは暖海外洋性だが、夏から秋にかけて黒潮対馬海流の影響域の日本沿岸部でも出現し、海がキラキラと輝きを見ることがある。その輝く仕組みや意義、加えてサフィリナの生態を紹介していく。

 

サフィリナ

 サフィリナ(Sapphirina)はカイアシ亜綱、ポエキロストム目、サフィリナ科、サフィリナ属に属する種をいい、日本では13種が確認されている。体長は1.0~9.0mmとカイアシ類としては大型種で、体形が扁平で薄く、透かせることができる。また、発達したレンズをもつ1対の眼を頭部に備えている。特徴的なのは青や赤、紫など虹色に輝くことである(雌は輝かない。写真1、写真2)。サフィリナ(Sapphirina)という名も宝石のサファイア(Saphire)からちなんでいる。英語ではSea Sapphire(海のサファイア)とも呼ばれている。サフィリナ属内の学名も輝きからちなんでいることが多く、S.opalinaオパール)やS.metallina(メタル)などある。

 

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写真1 青色に輝くサフィリナ;ダイビングショップ「Ocean Blue」より許可を得て転載

 

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写真2 赤色に輝くサフィリナ;ダイビングサービス「COLOR CODE」塩入淳生様より許可を得て転載

 

 

構造色によって輝く

 サフィリナは様々な色に輝くが、この色はサフィリナ体表に着色したものではなく、光による作用(干渉、回析)による輝きである。これは構造色という現象で、光の波長300nm~700nmレベルでの超微細構造は選択的にある波長の光を反射させるという原理である。身近な構造色ではCDやDVD、シャボン玉、昆虫のタマムシ、モルフォ蝶、ハトの首元やクジャクの翼など数多くある。この中でサフィリナと同類の構造色はタマムシとモルフォ蝶である。これらは超微細な層構造による構造色である(他は見る角度によって様々な色に移り変わるのが特徴。ここでは割愛)。

 サフィリナの成体雄のみが輝き、雌は全く光らない。これは構造色のもととなる超微細構造が雄の背中にしかないからである。この超微細構造は、背側の皮殻下にある細胞内の壁側にあり、ハニカム構造をとっている(図1)。ハニカム構造は隙間なく整列している。その構造の単位となる層板はアデニンの結晶で、大きさは1.0~1.8μm、厚さは60~80nm程度で、とても薄い。ハニカム構造は、この層板が10~14層重なった多重層構造となっている。この超微細構造は、細胞内にあるため、その構造内にもミトコンドリアが存在している。また、細胞内のスペースは限られるため核は扁平状になっている。この多重層構造の各層の間隔はサフィリナ種によって異なっており、この間隔が狭いと青色に、広いと赤色に輝く仕組みになっている。例えば、S.anguataは青色に、S.darwiniiは黄色に、S.opalinaは赤色に輝く。

 

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  図1 サフィリナ背側の断面(J.Chae, S.Nishida 1994)

 

 

輝く意義

 サフィリナの一部の成体雄はサルパに捕食寄生することが報告されているが、ふつう、雄は摂餌をおこなわず、プランクトンとして海洋中を浮遊している。一般にプランクトンは捕食圧を避けるために日中は日の当たらない海底や深層へ潜るが、サフィリナは例外で日中は表層に移動する、逆転鉛直移動を示す。海洋はとても広く、且つ、サフィリナは生物個体密度が低い外洋に生息する。したがって、雌と雄が巡り会うのはとても難しい。そのため、サフィリナ雄は特有の構造色を使って、日光の光で自身を輝かせ、さらに群集を形成することで雌に発見してもらうという、探索システムと考えられている。さらに、雌には発達したレンズ眼をもち、効率よく雄を発見する仕組みがある。また、サフィリナ雄の構造色には円偏光という光の方向を伝える仕組みがあり、これはサフィリナ雄の位置を知らせる、または種の認識など、説があるが、その機能はよく分かっていない(ミツバチ眼は円偏光の性質があり、曇の日でも太陽の位置を正確に認識する)。

 

 サフィリナの生態

 サフィリナが属するポエキロストム目の多くは浮遊性だが、緩やかな寄生もあり(例えば、Corycaeusは仔魚やカイアシ類、Oncaeaは尾虫類;尾虫類については2015年10月26日の記事を参照されたい)、進化的に寄生性だったものが浮遊性へ派生したと考えられている。サフィリナも該当し、幼体(コペポディット幼体)や雌はサルパ(ホヤの仲間でゼラチン質の大型プランクトン、連鎖個虫を形成する)に緩やかな寄生をする(写真3)。大型プランクトン(クラゲより小さい)や小型魚類からの捕食圧回避のためにサルパに寄生すると考えられている。また、サルパが大量発生するときは、サフィリナを多く見られることがある。寄生経路はサルパの出水孔からで、第二触覚で付着し、大顎で少しずつサルパを噛り取る。場合によっては、数時間でサルパを食い尽くすこともある。雌は交尾後、抱卵の状態でサルパ内に寄生する。雄は成熟するとサルパから出てプランクトンになる。

 

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写真3 サルパ内に寄生するサフィリナ;「Ocean Realm Image」©Richard Smithより許可を得て転載

 

 ポエキロストム目の特徴として卵が小さい、すなわち卵黄が少ないことがあげられる。カイアシ類の性質として、卵黄が少ないと形態分化が早まり、孵化後すぐに遊泳する。ポエキロストム目には同種でも凡世界的に広く分布しており、卵が小さいことが誘引していると考えられている。サフィリナも同じく、凡世界的に分布している。また、遊泳するサルパに寄生していることも広く分布することに誘引している。

 同目、Corycaeusはサフィリナと同様に発達したレンズ眼をもつ。この種は表層性で、常に光がある方向に眼を向けており、餌生物を敏感に感知し摂餌をするという性質がある。しかし、サフィリナの場合は交尾における役割が大きく、このような行動は知られていない。興味深いことに同目、Oncaeaは中層性だが、レンズ眼を持たないという。レンズ眼をもつ表層性のサフィリナやCorycaeusと比較し、生態系を理解する上で重要視されている。

 

 

 

文献

A.C.Heron (1973) A specialized predator prey relationship between the copepod
Sapphirina angusta and the pelagic tunicate Thalia democratica. J. Mar. Biol. Assoc. UK. 53: 429–435.

J.Chae, S.Nishida (1994) Integumental ultrastructure and color patterns in the iridescent copepods of the family Sapphirinidae (Copepoda: Poecilostomatoida). Mar. Biol. 199: 205-210.

K.Furuhashi (1966) Droplet from the plankton net XXIII record of Sapphirina salpae giesbrecht from the north pacific with notes on its copepodite stages. Publ. Seto Mar. Lab. 14 (2): 123-127.

K.Izawa (1987) Studies on the phylogenetic implications of ontogenetic features in the poecilostome nauplii (Copepoda: Cyclopoida). Publ. Seto Mar. Biol. Lab. 32 (4/6): 151-217.

松浦弘行 (2005) 中・深層性カイアシ類の機能形態学. 日本プランクトン学会報 52 (2): 108-112.

西川淳 (2003) 淡水と海洋のプランクトン研究の比較捕食者-被食者関係に注目して. 日本プランクトン学会誌 50 (2): 98-103.

大塚攻, 西田周平 (1997) 海産浮遊性カイアシ類(甲殻類)の食性再考. 海の研究 6 (5): 199-320.

千原光雄, 村野正昭 (1997) 日本産海洋プランクトン検索図説. 東海大出版会.

Y.Baar, J.Rosen, N.Shashar (2014) Circular polarization of transmitted light by Sapphirinidae copepods. PLOS ONE 9 (1): e86131.

 

日本産海洋プランクトン検索図説

日本産海洋プランクトン検索図説

  • 作者: 千原光雄,村野正昭
  • 出版社/メーカー: 東海大学出版会
  • 発売日: 1997/01
  • メディア: 大型本
 

 

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