カイアシ類によるワカメ養殖への被害

 カイアシ類とは主に海洋プランクトンで、微小甲殻類である。種数は13,000種と多く、そのうち30%程度が寄生性と言われている。ただし、カイアシ類の分類は遅れており、進めば現在の5倍の種数になることが推定されている(伊藤. 1973)。寄生性カイアシ類は魚類や無脊椎動物などに寄生するとされ、なかには海藻類に寄生するものも知られている。海藻類に寄生、または、寄生というよりは住み家として利用している場合もあるが(向井. 1996)、これらは「葉上性」と呼ばれている。寄生した際、海藻類の表面には虫こぶが見られることもある(伊藤. 1973)。海藻類のうち、ワカメに寄生する種もいて(写真1)、ワカメの養殖業に多大な被害を与えている。ワカメの養殖業は岩手県で盛んであるが、1987年にカイアシ類による寄生被害が報告され、1992年には岩手県全域で大規模な寄生被害が発生した。韓国でも同じようなことが同時に起きた(長澤. 2004)。このカイアシ類に寄生されるとワカメには「あなあき症」と呼ばれる症状が現れ、食品価値が失われてしまう。寄生カイアシ類に対して、淡水と高濃度の塩水への二重浸漬処理が有効とされ(田代ら. 1989)、実際に現地で試みられ抑えられることが確認されているが(石川. 1993)、寄生の動態の経路が分かっておらず難航している(西洞ら. 2003)。

 カイアシ類について誤解を生んでしまうから訂正していきたいが、カイアシ類の多くはプランクトンで、寄生種は種数が多くとも個体数はごく少数、ましては魚類や海藻類など水産物の寄生はとても数が少ない。多くは海洋生態系において、とても重要な価値があることを念頭においてもらいたい(2014年10月2日の記事を参照)。

 今回は、ワカメに寄生するカイアシ類のワカメの利用戦略について述べていきたい。

 

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写真1.ワカメに寄生するカイアシ類;福岡市食品衛生検査所より許可を得て転載

 

 

ワカメの消長に対する寄生性カイアシ類の動態

 ワカメは年中あるというわけではなく、水温が上がる夏になると消長が見られる。このとき、ワカメに寄生するカイアシ類はどのように生き延びているのかは疑問であった。しかし、西洞ら(2003)による、ワカメに寄生するカイアシ類、Amenophia orientalis(タレストリス)の生態観察によって明らかになっている。普通の生物は温度が低下すると活動を休止するという特性があるが、A.orientalisは10℃の場合は1ヶ月の飢餓まで耐えることができるが、20℃になると活動を休止し、3ヶ月まで耐えられることが確認されている。この20℃だが、ワカメの消長がおきる水温と一致しており、ワカメが失くなったとしても次のワカメの増殖までA.orientalisは生き延びることが可能であることが分かっている。同様な結果は岩崎(2000)が現地でも確認されており、8月の15℃~20℃の間で活動の休止が見られたという。

 ワカメではないが、タンバノリに寄生するPorcellidae(スイツキミジンコ)というカイアシ類はタンバノリ葉面積が減少すると生殖活動をやめることが知られ、これによって餌となるタンバノリ葉の食糧不足を回避していると示唆されている。また、多くの海藻類に寄生するカイアシ類に当てはまるが、夜になると水柱へ泳ぎだすことが確認され、これで他に海藻へ移り、繁栄または食糧さがしをおこなっていると考えられる。

 

海藻とカイアシ類の共生

 海藻類にとって必ずしもカイアシ類が害虫というわけではない。ノリは珪藻類の付着によって光合成が妨げられ、ノリの色落ちの原因となる。Paracalanus parvusというカイアシ類は珪藻類が好物で、ノリに付着した珪藻類を食べ、結果、ノリの色落ちが防げられるという(上田ら. 2006)。これを裏付けるようにP.parvusの個体数が減少すると色落ちが増加することが確認されている。Amphiascus属に属するカイアシ類も同様に海藻に付着した珪藻類を食べることが確認されており、この種は海藻を掃除することから「ソウジミジンコ」と名付けられている。実際に養殖場にソウジミジンコを散布して珪藻類を除去する試みもあった(三根ら. 2005)。

 

 

 

参考

上田拓史, 内出倫子. 2006. 有明海の動物プランクトン、とくにカイアシ類の長期変動. 海洋と生物 28 (6): 611-617.

石川豊, 西洞孝広, 伊藤澄恵. 1993. ワカメ優良種苗の開発に関する研究. 岩手県南部栽培漁業センター事業報告書 H4年度: 35-40.

伊藤立則. 1973. ベントス研究における生活史の意義-ハルパクチクスについて. 海洋科学 5: 34-40.

岩崎望. 2000. 養殖ワカメに被害を与えるカイアシ類、アメノフィア・オリエンタリスの生態. H12年度持続的養殖業推進対策事業ワカメ養殖業全国推進検討会報告書: 16-21

三根祟幸, 川村嘉応, 上田拓史. 2005. ソウジソコミジンコ(新称)Amphiascus sp.(カイアシ亜綱、ソコミジンコ目)によるノリ糸状体培養カキ殻の付着珪藻除去効果. 日本水産学会 71(6): 923-927.

向井宏. 1996. 藻場(海中植物群集)の生物群集(8)葉上動物の個体群動態. 海洋と生物 18 (2): 44-46.

長澤和也. 2004. フィールドの寄生虫学. 東海大学出版会.

西洞孝広, 山口正希. 2003. ワカメに寄生するカイアシ類の1種Amenophia orientalis(通称タレストリス)の生態の解明. 岩手水技セ研報 3: 17-24.

田代義和, 高橋寛. 1989. 養殖ワカメのコペポーダ寄生病Ⅲ駆除方法の検討. 気仙沼水試研報 8: 36-40.

 

フィールドの寄生虫学―水族寄生虫学の最前線

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