カイアシ類の視力は、どのくらいあるのか。-魚を視認して逃げるカイアシ類-

 カイアシ類は1mm程度の主に海洋を浮遊するプランクトンである。どうやらカイアシ類は周りの状況を眼で視認しているかもしれないというのだ。通常、カイアシ類ぐらいの大きさになると、眼に映像を写しだして脳で読み取る要になる網膜のサイズが限られてくるため、明るさを感じ取ることしかできない。これに対して、カイアシ類はどのようにして見ることができるのか。それはスキャンの方式でおこなわれているのではないか、と考察されてきている。

 

 カイアシ類の眼は頭部の先端にあり、第一触角の付け根あたりに位置する。ノープリウス眼と呼ばれ、フジツボにもある(両者とも同じHexanauplia綱に属する)。単なる「単眼」と思われがちだが、ノープリウス眼は、側方各2つの部分と中心の1つの部分からなり(Mauchline 1998)、構造は複雑で、他の生物で見られる「単眼」とは区別をしたほうが良い。眼から出る神経は3つあり、ほぼ同位置にある大脳に接続している。

 

f:id:coccoli:20180107145544j:plain

カイアシ類の眼の位置(筆者が撮影)

 

 

眼の「走査運動(scanning movement)」 

 さて、スキャンの方式で見るとはどういうことなのか。カイアシ類の眼にはいくつもの筋肉があり、この筋肉を使って眼を四方八方に動かしていることが分かっている(下動画)。この動きは1秒間に15回程度、遅くて1秒間に0.5~5回といった速さである(Gregory et al 1964;Wolken and Florida 1969)。それにちなんで「走査運動(scanning movement)」と称される(Yamaguchi and Okada 1972)。カイアシ類の眼の網膜上にある視細胞はとても少なく、5~8個しかない(Land 1988;Wolken and Florida 1969)。カイアシ類という大きさの都合上、この数が限界なのかもしれない。これでは当然、明るさを感じる程度の視力しかない。ここから物体を視認するにはどうすればいいのか。その鍵となるのは視野である。実は、視野がとても狭いことが解剖的に分かっている。それも、20°(Land 1988)、発達した眼をもつCopilia属は、なんと3°(Dowing 1972)しかない(!)。少ない視細胞に対して視野を狭くしているため、視精度が向上するということである。この視野が狭い眼を14°(Dowing 1972)あるいは45°(Land 1988)まで四方八方に動かしている。このようにして、明るさしか感じられない眼であっても、見るものの像をスキャンするようにして物体を視認できるレベルまで上げているという。

 筆者が勝手ながら、Mass and Supin(1986)の公式を使って視力を計算したところ、「0.012程度」であった。ただ、魚類用につくられた公式なので信ぴょう性が低いということを伝えておく。

 

f:id:coccoli:20180107001355g:plain

四方八方に高速で動くカイアシ類の眼(ごうぎしげるTwitter@sgougiより許可を得て転載;https://twitter.com/sgougi/status/937103586252619776

 

  眼の走査運動はカイアシ類に限ることではなく、ハエトリグモにおいても知られている。ハエトリグモも視野は狭く、10°しかない。ヒトに匹敵する視力を得つつ、この眼を四方八方に動かして周りの状況を把握しているという。これについては過去に記事にしているので興味があったら参照して頂きたい。

 

カイアシ類の眼の特殊な例

 カイアシ類の一部、CopiliaCorycaeusは、尾を除く体長の半分近くある巨大な眼を持っていることが知られ、レンズを2つ持っているという。前方のレンズには望遠鏡の働きがあり、倍率は1.42程度ある(Wolken and Florida 1969)。これに加えて視野は3°しかないので、見るものの像は鮮明になる。神経は後方へ伸びているが、Uターンをして頭部にある脳に接続している。これらの種は他の生物に取り付く性質があり、視覚的に把握して取り付いているのかもしれない。

 

f:id:coccoli:20180107005714j:plain

眼が発達したカイアシ類の一種Corycaeus sp. (ごうぎしげるTwitter@sgougiより許可を得て編集し転載;https://twitter.com/sgougi/status/906085338581315584

 

 また、他のカイアシ類、PontellaLabidocera(2種とも同じPontellidae科)も発達した眼を持っている。レンズの数は雄で3つ、雌で2つを持っている。海洋の界面付近に生息しており、太陽へ眼が向いている状態だという(Land 1988)。体を定位させる役割として働いていると考えられる。または、体内時計と関連しているのではないかと推測される。飼育実験で、光源を動かすと、それと同時に眼を追跡するように動かすことが観察されている。

 Pontellaは他に魚などの視覚捕食者に対する対策としても眼が使われていることが知られている。何か物体が近づくと、秒速2mという素早い速さで逃避することが観察され、ときには水面をジャンプすることが知られる。これについては以前に記事にしているので、良かったら参照していただきたい。 

 

 

 

 文献

Downing, A. C. 1972. Optical scanning in the lateral eyes of the copepod Copilia. Perception 1: 193-207.

Gregory, R. L., Ross, H. E. and Moray, N. 1964. The curious eye of Copilia. Nature 201: 1166–1168.

Land, M. 1988. The functions of eye and body movement in Labidocera and other copepods. J. exp. Biol. 140: 381-391.

Mauchline, J. 1998. The biology of calanoid copepods. Academic Press. pp. 710.

Yamaguchi, T. and Okada, Y. 1972. Control of optokinetic response and orientation in Arthropod. JJME 10: 155-163.

Wolken, J. J. and Florida, R. G. 1969. The eye structure and optical system of the crustacean copepod, Copilia. J. Cell. Biol. 40: 279-85.

コペポーダに関しては調査研究をしているので対応できます。お問い合わせは以下のメールアドレスにお願いします。
  " cuacabaik0509(/atm.)gmail.com "  件名には「coccoli's blog お問い合わせ」と記入