カイアシ類の脂質が生態系を地球を救う

 カイアシ類は海洋プランクトンで微小な甲殻類で、海洋生態系において重要な働きをしており、カイアシ類なしでは海洋生態系は成り立たないほどである。カイアシ類は深海、冷たい海域のほど大型となる傾向があり、さらに脂質を蓄える油球(oil sac)を形成する(写真1)。もう1つの特徴に年の半分を深海で眠る、休眠をおこなう。そのため、微小動物では長い2年以上の寿命をもつ種も存在する(休眠については2015年12月25日の記事を参照)。

 

カイアシ類が地球温暖化を抑える

  ところで油球だが、体脂肪は60%以上にもおよび生物ではありえない比率になる。言ってしまえば、脂肪の塊になる。この脂質のおかげで、魚類などの捕食者へ多くのエネルギーを受け渡すことが可能で、イワシやタラ、サンマなどの溢れ出るほどの脂はカイアシ類由来とされている。さらに、油球を蓄えたカイアシ類は深海へ潜り、休眠をおこなうことは、深海独自の食物連鎖への介入、死亡したカイアシ類の蓄積で、有機炭素、すなわち植物プランクトン光合成によって二酸化炭素が、深海へ貯蔵されるということを意味している。ある試算では、北太平洋で毎年5.9億トンの二酸化炭素が深海へ貯蔵されていると推測されており、地球温暖化を抑えることに貢献していると考えられている(朝日新聞 2006年6月13日14版)。

 

カイアシ類の脂質の意義

 多くの魚類はDHAと呼ばれる不飽和脂肪酸をもつことで有名である。DHAを使ったサプリメントなども市場に流れている。しかし、このDHAは魚類がつくっているわけではない。藻類はDHAを作ることが知られているが、DHAをつくらない種がだんとつに多い。そこで、DHAをつくらない藻類とカイアシ類の関わりでDHAを作り出していると現在は考えられている。藻類の多くは炭素量18程度のトルエン酸とよばれる脂質を作る。これをカイアシ類が食べ、体内でトルエン酸を延長、不飽和化し炭素量20以上のDHAを作り出している。しかしながら、これは推測であって実際にカイアシ類が脂質の変換能があるかは確かめられていない。ただし、カイアシ類はDHAを豊富に持っていることは事実であり、食物連鎖によって魚類などに受け継がれていると考えられている。

 

f:id:coccoli:20160922181728j:plain

写真1.油球を蓄えるカイアシ類 ;©S.Kwasniewski 許可を得て転載

 

 カイアシ類の脂質分子生物学

  ここからは少し小難しい内容になる。カイアシ類がもつ脂質を分子生物学の観点で述べていく。

 カイアシ類がもつ脂質はワックスエステル、トリグリセリド、脂肪酸、ステロールなどがある(Kotani 2006)。ワックスエステルとトリグリセリドが主流となる。体長によるが1個体で1mgの脂質を持ち、栄養状態や成長段階でこの2つの脂質の組成が変わるという(Dohman 1989)。実はこの2つの脂質の組成は大まかに種類によって決まっており、例えば親潮に生息するNeocalanus属やMetridia属はワックスエステルを主成分とし、Eucalanus属やAcartia属はトリグリセリドを主成分にする。また、ワックスエステルとトリグリセリドでカイアシ類体内の所在が異なり、ワックスエステルは油球内、トリグリセリドは散在的にある。また、面白いことに休眠するカイアシ類がもつ脂質はワックスエステルで、トリグリセリドを主成分とするカイアシ類は休眠しないことが分かっている(Fulton 1973)。食糧不足や生殖に脂質をよく使用することが知られているが(Lee 1971)、トリグリセリドがその役割があるのかもしれない。

 カイアシ類種によってもつ脂質の種類が違うことだが、これは捕食者の脂質の組成にも左右されることが分かっている。たとえば、ヨコエソやハダカイワシといった魚類がもつ脂質にはワックスエステルが多く、これは深海で休眠するカイアシ類、つまりワックスエステルをよく保有するカイアシ類を食べていることに起因すると考えられている。

 不思議な事にワックスエステルには2種類が存在し、Neocalanus flemingeriとMetridia okhotensisのみが2種類のワックスエステルを持っている(Saito 2000)。しかし、この2種類がどのような機能を持っているかは分かっていない。また、太平洋と大西洋で脂質の分子量が異なり、両者で脂質代謝が違うと考えられるが、なぜ違うのかは憶測の域から超えていない。

 

 

文献

斎藤洋昭. 1996. 解説 海洋生物とn-3高度不飽和脂肪酸. 化学と生物 34 (2) : 107-113.

Dohman M, Bradford JM, Jillett JB. 1989. Seasonal growth and lipid storage of the circumglobal, subantarctic copepod Neocalanus tonsus (Brady). Deep-Sea Res. 3 : 4-10.

Fulton J. 1973. Some aspects of life history of Calanus plumchrus in the Strait of Georgia. J. Fish Res. Bro. Canada 30 : 811-815.

Kotani Y. 2006. Lipid content and composition of dominant copepods in the Oyashio waters analyzed by the thin layer chromatography flame ionization detection method. Plankton Benthos Res. 1 (2) : 85-90.

Lee RF, Hirota J, Barnett AM. 1971. Distribution and importance of wax esters in the marine copepods and other zooplankton. Deep-Sea Res. 18 : 1147-1165.

Saito H, Kotani Y. 2000. Lipid of four boreal species of calanoid copepods : origin of monoene fats of marine animals at higher tropic levels in the grazing food chain in the subarctic ocean ecosystem. Mar. Chem. 71 : 69-82.

コペポーダに関しては調査研究をしているので対応できます。お問い合わせは以下のメールアドレスにお願いします。
  " cuacabaik0509(/atm.)gmail.com "  件名には「coccoli's blog お問い合わせ」と記入