命綱一本で生活する寄生虫カリグス(カイアシ類)

  カイアシ類(Copepoda;コペポーダ)とは主に海洋に生息する甲殻類プランクトンであるが、種によっては陸水や湖水に生息するものもいる。また、生活様式もプランクトンのほかにベントスや寄生性もある。今回紹介するのは寄生性カイアシ類である。寄生性カイアシ類は、一般的なカイアシ類の形態を著しく変化させた種が多く、中には肉塊としか思えない種もいる(2015年12月5日の記事)。食用魚類個体数の50~80%に寄生するといわれ、漁業の人からは嫌われた存在である。寄生する生き物や部位は、種によって様々で、鮫の眼球や、タラの腹腔内、ハダカイワシの心臓内、ウニの刺内、ホタテの鰓、アミの育房内など多くある。寄生性カイアシ類でよく知られているのはカリグス(Calididae;カリグス科)と呼ばれるグループである。全カイアシ類の種数のうち30%程度が寄生性と言われ、そのうち魚類に寄生するカイアシ類の54%(456種)がカリグスである。

 

カリグス

 カリグスは海産魚類や淡水産魚類の鰓や体表につくカイアシ類で、寄生虫として世界的によく知られている(写真1)。日本では1927年に、はじめて報告された。この年は日本で、はじめて養殖業がおこなわれた年でもある。カリグスは魚類に寄生すると、魚類の血や粘液、上皮を食べて生きる。そのため、多量にカリグスに寄生されると魚類は衰退し、場合によっては死ぬこともある。種によってはフグに寄生するものもおり、この種はフグ毒を蓄積するという。学名にもPseudocaligus fuguと「フグ」にちなんだ名前になっている。寄生する生物にちなむ学名は他にも、サケに寄生するLepeophthirus salmon(サケの英語)という種もいる。

 

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(写真1;尻尾のように長いのは卵嚢「Natural History of Orange County, California」より許可を得て転載 )

 

養殖業によるカリグスの繁栄

 世界的な養殖は1950年代からヨーロッパ、ノルウェーをはじめとして広がった。この時、カリグスは報告されていなかった。1960年代になると養殖業が盛んになっていき、養殖方法も巨大なケージネットでおこなわれるようになった。ここで、深刻的な寄生が発見させられ、カリグスがはじめて報告された。この騒動を踏まえて、チリでカリグスに警戒し慎重な養殖がはじまり、無寄生の養殖が成功した。その厳重な体制であったのにも関わらず、1990年代、他からの侵入によってカリグスのよる大量寄生が発生してしまった。それ以降、ヨーロッパとチリ双方とも、定例のようにカリグスによる寄生が確認されている。

 日本でも同様な事件が起きている。1950年代からハマチの養殖が鹿児島、四国を中心に盛んに行われるようになった(参考;生産量が1953時点で100t、1979時点で15万t)。しかし、1960年代にカリグスによる寄生が確認され、以後、定例のように確認されるようになった。このように養殖という、魚類の多量な収容によって、安易に寄生し繁栄させてしまったと考えられている。

 漁業におけるカリグスの被害はよく知られるものとなり、「カリグス症」という魚病名もつくられている。カリグス症において記載されている症状は、「皮膚に著しいびらんや出血、鰭の欠損」というふうに表示されている。このカリグス症は年々増加しているが、詳しい原因は分かっていない。

 現在では、カリグスのノープリウス幼生期ではプランクトンとして生活することを利用して、カリグスによる寄生が発生する前に評価が可能になり、寄生を踏まえた対策が可能になっている。

 

カリグスの生活史、特殊な「カリムス期」

 一般的なカイアシ類の生活史は、卵→ノープリウス幼生1~6期→コペポディット幼生1~5期→成体(コペポディット6期)である(なお、各段階は脱皮によって次の段階へ移行する)。ノープリウス幼生は甲殻類の一般的な幼生形態であり、種の同定は困難ないし不可能である。その後のコペポディット幼生では、種特有の形態を持つようになるため、同定は可能になっていく。寄生種の場合、一般的なカイアシ類の生活史のうち、ノープリウス幼生の段階数が減少することが多く、中にはノープリウス期を経ず(正しくは卵内でノープリウス期を終了)、コペポディットになる種もいる。

 カリグスにおいては、全ての種の生活史が分かっているわけではなく、3属17種が分かっている(Caligus属 12種、Pseudocaligus属 4種、Lepeophtheirus属 1種)。ノープリウス幼生および感染コペポディット期(コペポディット幼生1期)は自由生活、すなわちプランクトンとして生活している。また、3属共通に、ノープリウス期は2段階、感染コペポディット期は1段階である。そして感染コペポディット期、以降はカリグスに特有な「カリムス期」に移行する。この時期には、カリグス頭部先端にフィラメント(frontal filament、前額糸)を持つ(写真2)。これを宿主に打ち付けて、宿主から離れないようにしている。このため、前額糸の付着点円心上でしか移動できない。

 

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(写真2;「海水魚が好き!-楽天ブログ」より許可を得て転載)

 

このカリムス期は3属ともに共通して4期まであるが、これ以降の段階が異なる。3属のうち2属、すなわちCaligus属とPseudocaligus属はカリムス4期のあとフィラメントから離脱して成体となるが、他1属、すなわちLepepophtheirus属は前成体期(pre-adult phase)が存在し、2期ある。この前成体は、カリムス4期を脱皮後、フィラメントから脱離して、宿主体表を自由に移動し、このまま成体になる。場合によっては他の宿主へ移ることも報告されており、プランクトンとして採集される。このとき、一般的なカイアシ類とは形態が大きく(数mmから2cm程度)、泳ぎ方が異なるため、容易に判別ができる。一般的なカイアシ類はコペポディット期が6段階であるが、この前成体期をもつカリグス(Lepeophthirus属)は8段階である。これはカリグス特有であり、同一段階で脱皮するように進化したためだと現在は考えられている。加えて、成体の雌雄間で形態が違うのが普通であるが、カリグスはほとんど形態差がないという点もカリグス特有である。しかし、ある詳細な観察によって、Caligus属のある種には、いわゆる前成体と呼べる時期が確認され、謎が深まりつつあるのも現状である。

 

 

 

文献

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Lar A. Hamre, Christiane Eichner, Christopher Mariowe A. Caipang, Sussie T. Dalvin, James E. Bron, Frank Nilsen, Geoff Boxshall, Rasmus Skern-Mauritzen (2013) The Salmon Louse Lepeophtheirus salmonis (Copepoda : Caligidae) Life Cycle Has Only Two Chalimus Stages. PLOS ONE 8(9): e73539.

B. A. Venmathi Maran, Susumu Ohtsuka and Xu Shang (2012) Recodes of Adult Caligiform Copepods (Crustacea : copepoda : Siphonostomatoidae) in Marine Plankton from East Asia, Inculuding Descriptions of Two New Spesies of Caligus (Caligidae). Species Diversity 17: 201-219.

長澤和也, 上野大輔, Danny Tang (2010) 日本産魚類に寄生するウオジラミ属カイアシ類の目録(1927ー2010年). 日本生物地理学会会報 65: 103-122.

福田穣 (1999) 1980年から1997年に大分県で発生した養殖海産魚介類の疾病. 大分海水研調研報 2: 41-73.

Hayward, C. J., Aiken, H. M. and Nowak, B. F. (2008) An epizootic of Caligus chiastos on formed southern bluefin tuna Thunnus maccoyii off South Austoralia. Diseases of Aquatic Organisms 79: 57-63.

Hull, M. Q., Pike, A. W., Mordue, A. J. and Rae, G. H. (1998) Patterns of pair formation and mating in an ectoparasitic caligid copepod Lepeohtheirus salmonis (Krфyer, 1837) : implications for its sensory and mating biology. Philosopical Transaction of the Royal Society of London 353: 753-764.

大塚攻 (2006) カイアシ類・水平進化という戦略―海洋生態系を支える微小生物の世界. 日本放送出版協会

 

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