眠るプランクトン、300年から目覚めたコペポーダのしくみ

 コペポーダ(別名、カイアシ類)とは主に海洋プランクトンとして生息する体長1~5mm程度の微小動物である。そのうち発光性のコペポーダがバイオテクノロジーにおいて活躍し、近年、応用化が進んでいる。海洋においては、食物連鎖上、とても重要な位置にあり、コペポーダなしでは生態系は成り立たないとも言ってよい。また、生態系のみならず、環境、すなわち二酸化炭素の動態も深く関与していることが近年分かってきている。それは、コペポーダが見せる「休眠」という行動にある。今回は、この「休眠」について述べていきたいと思う。

 

「休眠」とは

 休眠という現象は、1902年、Häckerによって湖に生息するコペポーダから発見された、後に数々のコペポーダが休眠することが分かり、現在、ハルパクチクス目、シクロプス目、カラヌス目の3目、各7属、9属、31属、計47属が休眠を示すことが報告されている。休眠は、生育するのに不適切な環境のときに、その期間は活動をやめて、眠った状態で生き延びるというものである。いわゆる冬眠というものである。休眠(dormancy)は休止(quiescence)と狭義な休眠(diapause)に分けられる。前者は好適条件になれば覚醒し、後者は一定期間をこえないと覚醒しないという違いがある。しかしながら、中間的な性質をもつものもあるため、区別するのは困難な場合もある。休眠を示す成長段階は様々で、卵期、幼生期であるノープリウス期やコペポディット期、成体のそれぞれある。また、コペポーダの種類によって休眠を示す成長段階は異なる。

 

体脂肪率60%

 成体で休眠を示すコペポーダには油球(ゆきゅう、oil sac)と呼ばれる油のかたまりを形成する(写真1)。海洋では、春になると植物プランクトンの大量発生(spring bloom)が起きる。このときにコペポーダはたくさんの植物プランクトンを摂食し、油で体内にエネルギーをためる。このとき、体脂肪率は60%までにも及ぶ。これで、夏から冬の間は深海へ潜って休眠する。中にはオレンジ色の油球を形成するものもおり、カラフルな種(Cyclopus scutifer)もいる。

 一見、ただ油をたくわえて深海に潜って休眠しているだけのように見えて、海洋環境ないし大気環境において重要視される行動である。植物プランクトンは海洋中の二酸化炭素または、大気から海洋へ溶け込んだ二酸化炭素光合成によって同化する。これによって植物プランクトン内へ二酸化炭素が吸収されたことになる。通常は、このまま植物プランクトンは死滅し、微生物等に分解されて、再び二酸化炭素は放出される。しかし、コペポーダが植物プランクトンを摂食すると、放出されるはずだった二酸化炭素はコペポーダの油球に変化し、深海へ沈まれる。休眠は必ずしも覚醒し生きて活動を再開するわけではない、いくらかは捕食されるなどによって食物連鎖上に入るか、海底へ堆積する。これによって二酸化炭素は有機炭素として海洋ないし海底に貯蔵される。ある試算では北太平洋で5.9億トンの二酸化炭素を貯蔵していると推測されている。

 

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写真1;コペポーダ体内にある油球。海洋研究開発機構「JAMSTEC北極航海ブログ」より許可を得て転載

 

300年前の卵から孵化したコペポーダ

 コペポーダが産む卵には2種類ある。急発卵と休眠卵である。急発卵とは産卵後、まもなく孵化する卵のことで、休眠卵とは産卵後、ある一定期間をこえないと孵化しない(不応期)卵のことである。両者の卵構造は異なっており、急発卵は、表面が平滑で卵殻が1重であり、休眠卵は表面に刺または円盤状の構造物を付けており、卵殻は4重ある。休眠卵は乾燥や捕食者の消化酵素などからの耐性を持っているため、厚い構造になっている。実際に、プランクトン食魚は栄養価の高い抱卵コペポーダを選択的に捕食する。雌は消化されてしまうが、休眠卵は消化されず、消化管をこえても生存して孵化する。コペポーダが生息する水域の底には1平方メートルあたりに10の5乗~10の6乗個の休眠卵が眠っていると考えられており、ある時期になると、これら休眠卵は一斉に孵化する。コペポーダには季節的に消失と発生が見受けられるがこれによるものと考えられる。

 種によっては休眠卵は数年間、休眠できると考えられており、いくつかの研究で実証されている。驚くのは、Onychodiaptomus sanguineusは1660年代と推測される地層から休眠卵で得られ、これを孵化、成体まで飼育までできたと報告されている。

 

耐久胞(Cyst)

 Cyclopus科、Microcyclopus科、Metacyclopus科、ハルパクチクス目は耐久胞とよばれる繭状の構造物をつくって、その中に潜り込み、休眠するという行動を見せる。この耐久胞についてはよく分かっていないが、クチクラを主成分として、タンパク質や糖を含まないことは分かっている。

 

 

 

参考

G. Evelyn Hutchinson (1967) A Treatise on Limnology, Introduction to Lake Biology and the Limnoplankton. Wiley; Volume 2.

Nelson G. Hairston., Jr., Robert A. Van Brunt., and Colleen M. Kearns (1995) AGE AND SURVIVORSHIP OF DIAPAUSING EGGS IN A SEDIMENT EGG BANK. Ecology 76(6) 1706-1711.

Edward S. Deevey, Jr (1941) NOTES ON THE ENCYSTMENT OF THE HARPACTICOID COPEPOD CANTHOCAMPTUS STAPHYLINOIDES PEARSE. Ecology 22(2) 197-200.

朝日新聞2006年6月13日火曜日14版.

伴修平 (1998) 橈脚類の休眠 海の研究 (7), 21-34.

 

A Treatise on Limnology, Introduction to Lake Biology and the Limnoplankton

A Treatise on Limnology, Introduction to Lake Biology and the Limnoplankton

  • 作者: G. Evelyn Hutchinson
  • 出版社/メーカー: Wiley
  • 発売日: 1967/03/13
  • メディア: ハードカバー
 

 

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