光の炸裂弾を放つ動物プランクトン(コペポーダ)

  自然界では発光する生物は数多く見受けられる(例えば、ホタル、渦鞭毛藻、チョウチンアンコウ、ウミホタル、カラスザメなど)。とくに深海では多い。今回、発光プランクトンとして紹介するのはコペポーダである。コペポーダ(Copepod)は別名、カイアシ類であり、一般に体長1~5mm程度のプランクトンである。個体数はプランクトンの中で一位であり、食物連鎖において、植物プランクトンを高次生物へつなげる重要な位置になっている。海洋沿岸域に集中しており、バケツ一杯で数百におよぶコペポーダを採集することができる場合もある。種も多く、生態や形態も様々である。例えば、魚類に寄生するものや、陸水に生息するもの、深海、土砂内、海藻葉上、流氷内など。また、皇居の土壌から発見された例もある。

 

発光性コペポーダ

 1000m深海に棲むコペポーダのうち、20~30%が発光すると推測されている。発光するメカニズムは全発光性生物で共通している、ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応と呼ばれるものである。これは発光するために基質となるルシフェリン(総称)をルシフェラーゼによってATP(アデノシン三リン酸;エネルギー担体)やマグネシウム等の金属イオンを利用し、酸化させることにより発光するというものである。生成物は、酸化ルシフェリンと二酸化炭素となる。ルシフェラーゼは酵素、つまりタンパク質であるため、水温またはpHによって反応性が失われること(失活)が特徴である。ウミホタルの場合、pHが7.5でないと光らない性質がある。しかし、コペポーダの場合に限って例外である。ATPやマグネシウムイオンを必要とせず基質(セレンテラジン)のみで発光する。驚くことは、120℃20分、強酸性、強塩基性でも失活しないのだ。さらに、全生物が持つルシフェラーゼの中で最小であり、光度も最高である。こんな万能なルシフェラーゼであるため、商品化されている。コペポーダル シフェラーゼ(ここでは、GLuc)が発見されたのは2002年のことだが、発見されて、たった10年で商品化されるのは異例である。

 発光を有するコペポーダはヨーロッパにおける調査で、58種が発見されている。したがって、全世界ではさらに多い種数があると考えられる。発光するコペポーダとして知られているのは、Augaptilidae科とHeterorhabdidae科、Lucicutiidae科、Metridiidae科(写真1、2)である。この他にも多くの発光種が存在するが、疑いがあるものが多い(例えば、Cephalophanesは巨大眼を持つが、これが発光すると勘違いされてたし、ある種は、発光すると発表されたものも、後に反論の発表があったりとした)。発光するコペポーダの特徴のひとつとしてあげられるのは、発光腺と呼ばれる洋ナシ形の分泌腺を持ち、体外へ分泌することである(写真1)。分泌する発光生物(ウミホタルも分泌型)は珍しく、多くは、付属肢を光らせたり、発光嚢という発光器官で発光させるのが一般である。商品化されたのが早かったのは、分泌するタイプであったため、分析がしやすかったからである。

 

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写真1;シャーレ内で光るMetridia. Woods Hole Oceanographic Institution より許可を得て転載.

 

  コペポーダがもつ発光腺は種ごとに違う部位にあり、これは種レベルで異なるため、あたらしい同定法として検討されている。通常、コペポーダの同定は付属肢にある棘の違いなどからおこなわれるため、解剖しなくてはならない。発光腺で同定がおこなわれれば、生きたままの同定が可能になるのだ。Metridia pacificaの場合、発光線は頭部に点在し、腹や尾に点々とある(写真2)。

 

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写真2;Metridia pacifica. A 光ってない時. B 光ってる時. 大場裕一様より許可を得て転載.

 

 発光性コペポーダは種(例えばHeterorhabdidae科Disseta)によっては、ただ発光するだけでなく、捕食者にめがけて発射するものもいる。さらに、この発光液は発光するのに数秒遅延するという性質があり、捕食者付近で、炸裂するように光る。ここで、Youtubeでその動画を見つけたので、以下で紹介する。

 

 

 そもそも、発光するコペポーダは、その発光で、捕食者からの逃避の他、仲間の認識や生殖などに利用されていると考えられている。しかし、発光腺をもつのに光らないという種も多くいる。ちなみに、発光をしないコペポーダにはクラチラ孔と呼ばれる孔が体表にあるが、発光腺と同じものと考えられており、発光腺はもとあった穴を変化させて獲得したものだと考えられている。この、もとあったものを変化させて独自に派生することを「前適応」と呼ばれる。

 

 遺伝子学的、分子学的にみた、この発光機構も面白いことが分かっている。実は、発光する単一コペポーダ内にある、ルシフェラーゼ遺伝子は1つだけではないことが分かっている。例えば、Metridia pacificaは2つのルシフェラーゼ遺伝子(MpLuc1とMpLuc2)をもつ。これは進化していくうえで遺伝子重複が起きたと考えられている。ルシフェラーゼは分子上にシステインというアミノ酸が数多くあり、このシステイン1個を除いただけで、発光能が失われることが分かっており、システインが大きな役割があると考えられている。ちなみに、このコペポーダ ルシフェラーゼを大腸菌や培養細胞上で発現させようとしても、多数のシステインがS-S結合(システイン間でおこる特異的な結合)を起こしてしまい、発光能が失われる。コペポーダ内ではルシフェラーゼを発現するにあたり、特殊な機構があると示唆される。

 

 ここで、発光するコペポーダでCyclopoidae科のOncaea coniferaが独自の面白い発光性質をもつので紹介する。O.coniferaは体長1mm以下で、上記で述べたHeterorhabdidae科やMetridiidae科などと比べると小さい。しかし、発光腺の数は70もあり、これほど小さいコペポーダであるのに関わらず多数の発光腺をもつのは異例である。また、発光の波長が470nm(青)と他のコペポーダの490nm(緑青)よりも若干短く、色が違う。さらに他の発光性コペポーダと顕著な違いは、発光液を分泌しないことである。前述のAugaptilidae科とHeterorhabdidae科、Lucicutiidae科、Metridiidae科はAugaptiloidae上科と大きなグループで締めくくることができ、O.coniferaがもつ発光腺は独自に獲得したものだと示唆できる。ちなみに、Oncaea属の中で発光するのはこの種、O.coniferaだだ一種だけである。

 

 発光生物で、バイオテクノロジーで多く名が知られているのはオワンクラゲである。オワンクラゲの登場により、生物研究面、医療面で大きく活躍し、名もよく知られている生物とも言えると思う。コペポーダでも発光するものが登場し、さらに高輝度、多耐性とオワンクラゲより万能である。このコペポーダがまた、生物研究面、医療面で大きく活躍してくれれば、オワンクラゲと同様、名が知られる生物になるのではないかと期待している。

 

 

 

参考

G.L.Clarke, R.J.Conover, C.N.David, and J.A.C.Nicol (1962) Conparative Studies of Luminescence in Copepods and Other Pelagie Marine Animals. J.Mar.Biol.Ass.U.K. 42, 541-564.

竹中 康浩 (2011) 光るプランクトン:カイアシ類のGFP・ルシフェラーゼ バイオサイエンスとインダストリー. 67(3), 100-101.

Peter Herring (2002) The Biology of tha Deep Ocean.

松浦弘行 (2005) 中・深層性カイアシ類の機能形態学. 日本プランクトン学会報 52(2), 108-112.

茂里 康 (2013) カイアシ類由来ルシフェラーゼの謎. 生物工学誌 91(10), 587.

Peter J. Herring, M. I. Latz, N. J. Bannister, E. A. Widder (1993) Bioluminescence of the poecilostomatoid copepod Oncaea conifera. Mar.Ecol.Prog.Ser. (94), 297-309.

竹中 康浩 (2015) カイアシ類(海洋プランクトン)ルシフェラーゼの構造と進化. 生化学 87(1), 138-143.

Peter J. Herring (1993) Bioluminescence of the poecilostomatoid copepod Oncaea conifera. Mar.Eco.Prof.Ser. (94), 297-309.

生物発光と化学発光 基礎と実験 今井一洋編 東京 廣川書店, 1990.

後藤俊夫 (1975) 生物発光 共立出版.

 

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  • 発売日: 2002/02/21
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生物発光 (1975年) (光生物学シリーズ)

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