秒速2mの動物プランクトン!海面を跳ねるコペポーダ

 生態系内における動物プランクトンの主な役割として、植物プランクトンを摂餌し、魚類などの高次な動物に捕食され、植物プランクトンのエネルギーを高次動物へ受け渡すという、食物連鎖を維持するとよく知られている。実は、動物プランクトンは受動的に高次動物に捕食されているだけの存在ではないことが分かってきている。例えば、毒を持つ渦鞭毛藻という動物プランクトンがいる。この毒を持って捕食されると捕食者は衰弱し、場合によっては死に至ることがある。捕食された渦鞭毛藻は死んでしまうが、仲間は捕食者に捕食されにくくなるという戦略となっている。フグは毒を持っているが、この毒は渦鞭毛藻由来であり、フグは渦鞭毛藻(他に細菌類)を捕食することで毒を獲得し、蓄積している。また、今回の主人公であるコペポーダの一種にも毒を蓄積するものがおり、フグと同じ戦略と考えられている。

 

コペポーダとは

 コペポーダの紹介は前回にもしているが(2014年10月2日の記事)、おさらいする。コペポーダは海洋を優占するプランクトンで、個体数は10の18乗におよぶ。この数字に漠然としてしまい、想像ができないと思うので、例をあげる。ヒト表皮には菌や細菌類が数多く存在し、常在菌とも言われている。この常在菌数は表皮、1平方cmあたりに10~100万いるとされている。この表皮を世界人口分を合わせた常在菌数が、コペポーダの個体数に近い値になっている。種数も多く、11目13,000種と分類学的に大きいグループとなる。

 形態では船のオール(橈)のような脚を持っている。コペポーダ(Copepoda)という名は、その「橈」と「脚」のギリシャ語「kope」と「pous」からちなんでいる。そして、日本語に直訳して「カイアシ(橈脚)」と呼ばれる。「ヒゲナガミジンコ」や「ケンミジンコ」という名前は聞いたことがあるかもしてない。両者ともコペポーダ(カイアシ類)である。だから「コペポーダ=ミジンコ」と思ってしまうかもしれない。しかし、全く違う種類で、綱レベルで異なる。

 今回の主人公はそんなコペポーダの中、ポンテラと呼ばれる種類である。

 

青い体をしたポンテラ

 ポンテラはポンテラ科に属する種で1mm~5mm程度とコペポーダとしては大型の種類である。こうした大型種は捕食者に見つかりやすいことから普通は深海に生息している。しかし、ポンテラは表層を主な生息場所としている。これでは、捕食者に早く見つかってしまい、捕食されてしまうのではないかと思ってしまうが、実際は違う。ポンテラは体を青くしており、表層に生息していることで空の色と同化し、保護色としての働きがある(写真1)。

f:id:coccoli:20151123152400g:plain(写真1;国立科学博物館より)

 この青い色素はアスタキサンチンと呼ばれるもので、カニやエビなどの甲殻類や一部の魚類がもっている色素である。したがって、加熱すると赤くなるという性質を持っている。実は青いコペポーダはポンテラだけでなく、ポエキロストム目やカラヌス目にも存在し、比較的小さい種類に多い。

 

水面を跳ねる

 ポンテラは頭部に微細な毛をたくさん持ち、これを水面の表面張力により付着し、水面下を懸垂した状態になることが多い。これにより、エネルギーの温存を可能にし、摂餌するときに餌の多い表層でバクバクと貪り食う。なんとも、ぐうたら者のような感じである。しかし、ぐうたら者ではない。脚力が異常なのである。微小動物にとって水とは身動きできないほどの粘性が強い液体である。その水中をポンテラは1秒で1m、最大2mの速さで泳ぐのだ。そう、ヒトの歩く速さでポンテラは泳ぐということである。顕微鏡で観察している時に、この速さで泳がれたら堪ったものではない。さらに、微小動物にとってはコンクリートの壁とも言っていいほどの水面という境界を、ポンテラは楽に越え、水面上15cm、最大30cmも跳ぶのだ。1秒で2mを泳ぐことができるポンテラだからとも言えるが、これにはとても驚く。だからといって日常的にこうした行動をするわけではない。これらの行動は捕食者対策なのである。前述のように、ポンテラは空の保護色として青色の体になっているが、視覚が良い魚類にはかなわない。大きな体したポンテラは見つかってしまい、捕食されてしまう。このときに、ポンテラは疾走、水面ジャンプをして捕食者から逃避していると考えられている。実際に、水面下を懸垂しているポンテラに大きな物体を近づけると、水面ジャンプという行動は見られる。

 

動物プランクトンはただ単に魚類に受動的な捕食をされる存在ではないものがいると分かってもらえたかと思う。動物プランクトンのなかにはポンテラのような魚類などの高次動物に匹敵するほどの戦略をもったものがいる。そうした動物プランクトンを知り、理解、新たな探究心が生まれてくれれば、筆者は嬉しく思う。

 

 

参考

大塚攻(2006)カイアシ類・水平進化という戦略―海洋生態系を支える微小生物の世界 (NHKブックス), 日本放送出版協会.

Ryota Nakajima, Teruaki Yoshida, Bin Haji Ross Othman, and Tatsuki Toda (2013) Galaxea, Journal of Coral Reef Studies 15: 27-28.

Brad j. Gemmell, Houshuo Jiang, j. Rudi Strickler (2012) Plankton reach new heights in effort to avoid predators. Proc. R. Soc. B 179: 2786-2792.

 

カイアシ類・水平進化という戦略―海洋生態系を支える微小生物の世界 (NHKブックス)

カイアシ類・水平進化という戦略―海洋生態系を支える微小生物の世界 (NHKブックス)

  • 作者: 大塚攻
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2006/09
  • メディア: 単行本
  • クリック: 6回
 

 

近年注目されている食物連鎖ともうひとつの存在「Microbial loop」

 Microbial loopは近年に、その存在が明らかになり、トレンドの分野でもある。和名では「微生物環」や「微生物ループ」とも言われる。他の言い方には、Microbial loopと”一般的な”食物連鎖と関連付けて「微生物食物連鎖」とも言われることもある(この場合、”一般的な”食物連鎖は「採植食物連鎖」とよばれる)。

 このMicrobial loopは海洋における食うー食われる(捕食-被食)の関係のひとつであり、その名の通り、細菌や超微小動物プランクトンなどの微生物間で成り立つものである。なぜ、Microbial loopは食物連鎖からほぼ隔離された状態になるかは、Microbial loopを構成する生物はとくに微小で、動物プランクトンが採餌できないからである。

 ここで、おさらいする。「食物連鎖」とは植物プランクトンを起点として、動物プランクトン、次いで小型魚類、大型魚類へ捕食されることで成り立つ栄養伝達経路のことである。つまり、光合成より作られた栄養が、動物プランクトン、魚類といった高次の生物へ受け渡されるということであり、植物プランクトンなしでは、これら高次生物は生きていけないということである。植物プランクトンの存在の重要さはお分かりいただけると思う。これに対し、この食物連鎖とは別の栄養伝達経路「Microbial loop」がある。Microbial loopは細菌やピコ植物プランクトン「ピコ=1/1000000 mm」が起点となって、マイクロ動物プランクトン(主にHNF;従属栄養性超微小渦鞭毛藻類)に捕食され、順次、食物連鎖へ合流する経路である(図1)。この狭義的なMicrobial loopのみでは、栄養伝達経路全体を説明できないため、Microbial loopにウィルスや超微細藻類、マリンスノー上の微生物を加えた微生物食物網(Microbial food web)という言葉も使われる。

f:id:coccoli:20151105213754j:plain(図1.ピーターヘリング「深海の生物学」(訳)より)

 

 Microbial loopにおいて大きく寄与するピコプランクトンの一般的な種Synechococcus属は世界で10の26乗個体が存在する。生物量(バイオマス)では世界で高水準を持つコペポーダ(カイアシ類)でも10の18乗個体しかいないので、どの程度の多さか想像できると思う。言うまででもないが、人は10の11乗個体(人)である。そのようなピコプランクトンのおおさでもあれ、一次生産量の半分がピコプランクトンとくに細菌へ流れ行く。これは食物連鎖にとって多大な損失でもある。つまり、一次生産によってつくられた栄養の半分は食物連鎖へ流れゆくこともなく、ピコプランクトンによって再度、無機化されてしまうのだ。ここで、Microbial loopの構成のひとつ、超微小プランクトンのことHNF(従属栄養性超微小渦鞭毛藻類)が大いに活躍する。HNFは、サイズがとても小さいため、ピコプランクトンを摂食できるのだ。そして、ひと回りおおきい鞭毛虫類へ栄養伝達され、食物連鎖へいたる。

 最近、このMicrobial loopから食物連鎖へ栄養伝達するにおいてあるマイクロ動物プランクトンが注目されている。それは「尾虫類」である(これは、以前にも紹介した2015/10/26の記事)。尾虫類は自身が作ったハウスと呼ばれる小屋に入って、尾を使って小屋へ海水を吸い込む流れを起こし、小屋の中へ入った餌を摂食するという、特殊な採餌方法を利用している。この採餌には、フィルターをつかって微小なサイズの餌を摂食することが可能で、ピコプランクトンも採餌することが可能である。また、尾虫類はコペポーダ(カイアシ類)に次いで多く、沿岸域で度々、赤潮を起こす。したがって、Microbial loopから食物連鎖へ栄養伝達することが大いに可能であるのだ。実際に、細菌類の赤潮が発生した際に、その後、尾虫類の大量増殖が認められ、細菌類が激減したという記録がある。

 以上のように、海洋生態系ではMicrobial loopが重要視されてきており、Microbial loopが海洋生態学を決めていると言っても過言ではない状態である。しかし、Microbial loopの知見は少なく、これから研究が進むべき分野なのかもしれない。

 

参考

ピーター・ヘリング(2006)「深海の生物学」沖山宗雄(訳)東海大学出版会

中村泰男(1999)「従属栄養性渦鞭毛藻類、Oithona属カイアシ類、尾虫類:これまであまり注目されなかった捕食-被食関係が物質循環に果たす役割」日本プランクトン学会46(1), 70-77

 

深海の生物学

深海の生物学

  • 作者: ピーターヘリング,Peter Herring,沖山宗雄
  • 出版社/メーカー: 東海大学出版会
  • 発売日: 2006/01
  • メディア: 単行本
 

 

精巧な採餌機能をもつプランクトン尾虫類

 尾虫類と言われてもコペポーダに並んで知名度が低い生き物であるため聞いたことがないかもしれない。しかし、生態系では重要な位置にあり、バクテリア等のピコプランクトン(数ピコメートルのプランクトン)の有機物を魚類へ伝達する要であると考えられている。詳しく述べると、食物連鎖には大きく分けて2つの食物連鎖がある。ひとつは「採植食物連鎖(生食食物連鎖)」で、植物プランクトンを起点に、動物プランクトン、小型魚類、大型魚類へとつながる食物連鎖。もうひとつは「微生物食物連鎖(マイクロビアルループ;microbial loop)」で、一般に採植食物連鎖に合流しないバクテリア等の微生物間で成り立つ食物連鎖である。微生物食物連鎖が採植食物連鎖に合流しないというのは、動物プランクトンにとってピコプランクトンは小さすぎるため摂食が困難であるからである。したがって、両者は隔離された生態系と言える。

 しかし、尾虫類に至ってはピコプランクトンを摂食することが可能である。これは尾虫類がつくる包巣、「ハウス」と関係している。尾虫類について全般を述べてから、このハウスについて述べていこうと思う。

 

実は人と同じ脊索動物門に属する

 尾虫類は脊索動物門、尾索動物亜門、尾虫綱に属する。形態からオタマボヤとも言われる(図1;動物系統分類学<8下>より)。このオタマジャクシのような形態は尾索動物亜門の幼生であり、他の種類は、この幼生から成体の形態へ分化する。このことから、オタマボヤは幼生成熟と呼ばれる。実は、この幼生は魚や爬虫類、哺乳類などの脊椎動物亜門の形態に酷似しており、脊椎動物亜門は一種の幼生成熟ではないかと考えられている。しかし、その根拠は皆無であるため断言ができない状態である。

f:id:coccoli:20151025234317j:plain(図1)

 

体のつくりが非常に単純

 尾虫類の特徴とも言えるのが、体を構成する細胞数とゲノム遺伝子の単純さである。尾虫類は筋肉に細胞20個、脊索に20個、全身で50個程度の細胞しかない。これほどに少ない細胞でできた多細胞生物は珍しい。ちなみに、心臓も持つが、2個の細胞からできている。またゲノム遺伝子もである。普通の生物はゲノム遺伝子内に連続する同一の遺伝子(重複遺伝子)が並ぶが、尾虫類には存在せず、遺伝子間の距離も短くなっている。つまり、遺伝子実験において利用しやすい生物とも言える。

 

成長が極めて速い

 まず驚くところが、成長の速さである。20℃~28℃程度であれば2~10日で生殖が可能になる。普通のプランクトンは早くてせいぜい数週間で、数ヶ月以内が一般である。また、生殖後、卵は体を突き破って産卵されるため、寿命も2~10日である。体の大きさは、餌が豊富であれば1日で7倍に増え、最大20倍に増えた記録もある。そのため、生物量で言えば、海洋で2位である。好適環境であれば、急激に個体数を増やすことができ、尾虫類で構成された赤潮を発生することがある。

 

ハウス

 尾虫類は自身から分泌物からハウスをつくって、その中で生涯のほとんどを採餌しながらすごす習性がある。また、定期的にハウスを捨てて新しいハウスをつくり、1日に数回~数十回、ハウスの更新をする。この捨てたハウスはマリンスノーの主成分となり、他生物がハウスを食べることが度々ある。ハウスは捨てた時点で尾虫類の頭部にハウス原基があり、頭を上下に動かしながら大きくして、袋状になったところで瞬時に尾虫類が中に入る(図2;動物系統分類学<8下>より)。この更新過程は数十秒で完了する。

f:id:coccoli:20151026001905j:plain(図2)

 ハウスには海水から餌粒子を濾すフィルターが2つ存在し、ひとつは入水口にあるフィルターで、もつひとつはハウス内にある採餌フィルターである。前者はハウス内に摂食できない大きな粒子が入らないようにするもので、後者は海水から餌粒子を取り出すフィルターである。したがって、ハウス外へ出されるものは海水のみになっている(図3;動物系統分類学<8下>)。また、餌の選択性もあり、不適当な餌の場合、このフィルター-水路の流れを逆転し、ハウス外へ出す機能もある。この採餌にかかる水流は、尾虫類の尾の運動で置きており、摂食は頭部にある繊毛によって口までエサを運んでいる。

f:id:coccoli:20151026002804j:plain(図3)

 驚異的なことは、この濾水速度が1時間に数リットルに及ぶことである。尾虫類の体サイズ(数mm)で数リットルをろ過することはすごく、一般のプランクトンの数千倍に及ぶ。この驚異的採餌能のおかげで非常に速い成長速度を保つことができると考えられる。

 

 

 

参考文献

佐藤力(2008) 家に住むプランクトン-尾虫類の生態 うみうし通信 (60) 2-3

谷口旭 海洋プランクトン生態学 成山堂書店

半索動物・原作動物 動物系統分類学<8下> 内田享(編) 中山書店

 

動物系統分類学 (8 下)

動物系統分類学 (8 下)

  • 作者: 石川優
  • 出版社/メーカー: 中山書店
  • 発売日: 1986/11
  • メディア: 単行本
 

 

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